インターネットの次に来るもの

中村 伊知哉

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ケヴィン・ケリー著、服部桂訳「インターネットの次に来るもの」。ネット後の30年を俯瞰し、今後を展望する教科書として読み返しました。

原題の「Inevitable」、不可避なるもの、のほうが論調は見えやすい。分散、クラウド、リアルタイム。シェア、アクセス、リミックス、トラッキング。ぼくもこれらは「不可避」な要素であり、それらが未来を規定すると考えます。

高速化、高精細化、小型化、低廉化・・これらは従来のリニアな「不可避」でしたが、ネットが別の不可避「群」を登場させ、それが過去30年を、そして今後も数十年を規定する。「リンクとタグは過去50年で最も重要な発明」という指摘にぼくも同意します。それがネットの本質です。

ブロードバンドが勃興したころMITネグロポンテ所長が、1Gbpsでつながることよりも常時1ビットでつながっていることが重要と指摘しました。的確です。高速よりアクセス、リンク、シェア。そしてそれが現在のIoTやウェアラブルにつながります。

ぼくは本書中、3つのエピソードに目が止まりました。1.全情報を格納する図書館、2.全人生を記録するログ、3.全人格のアバター、の3つです。実にそそられる提起です。

1, 全情報を格納する図書館の構想。それは50ペタバイトになるとのこと。これまでに人類が作った曲は1.8億にのぼるが、MP3にすれば20テラバイト。2000ドルもあれば収納できるといいます。手のひらに収まります。その延長で、50ペタも「展望」できる数字です。

かつてGoogleのエリック・シュミット氏は全情報データベースを作るには3世紀かかると話していましたが、3世紀かけて作ろう、ってことです。問題は、そうしてできた図書館は共有の資産になるのかということと、それを皆が常時共有できる時代に「知識」は必要なのかということ。

2. 全人生ログ。起きている間ずっとカメラを回す研究者のお話です。拡張記憶アーカイブを自分が使うために構築するといいます。それよりぼくは、人生で見る映像全てを記録したアーカイブを共有することが引き起こす可能性に興味があります。

70年分、つまり起きている間の人生分の映像をMP4にすれば10テラバイトと聞いたことがあります。もうみんな小遣い程度で人生総映像をHDDに収納し、みんながシェアできる。時間の同期を取ってリンクできる。その膨大な映像空間、異次元のリアル+バーチャル空間では何が起きるのか。

この問いは、10年来ぼくが授業で学生に問いかける「想像のススメ」であり、ぼく自身、答えを持ってはいません。でも、既に技術はぼくらの手の中にあり、実行もたやすい。欠けているのはぼくらの想像力であり、想像する努力を払いましょう。

ケリーさんはIoTによるライフログのトラッキング可能性を示唆し、ビッグブラザーの出現に言及します。ただ、街中の監視カメラがぼくらを震えさせる前に、リアルなテロや犯罪の恐怖が増し、監視IoTがぼくらの安心材料になっていることに注目すべきでしょう。

ボストン・マラソンの爆破犯を突き止め、追い詰め、殺害するに至る、IoTカメラの映像に対する信頼感は、アメリカでもビッグブラザー観を古びたものにしていると見受けました。違いますか。

3. 全人格アバター。フィルタリングによるリコメンド機能で、機械がぼくのことをぼく以上に知っていて、ぼくの好みのものを提示してくれる。そんなに快適で心地よい情報ばかりを得ることになると、視野狭窄に陥るかもしれないけど、ぼくはもう老人だからそれでいいや。

その、ぼくをぼく以上に知り、ぼくを代行してくれる個人アバターの出現を心待ちにしています。ケリーさんはそのアバターが他人にレコメンドすることで報酬を得て稼ぐ可能性を示唆していますが、その前にぼくがそのアバター育成にドンと自分の資金を投じますよ。

そいつはきっと、今のぼくよりうんと賢くて、うんと判断力のあるヤツになるはず。とっととそいつにぼくはいろんな仕事を任せたい。日々の雑多な職務の7割は任せられる。ぼくの仕事の大半はネットですんで。ぼくは超ヒマで創造的なめくるめく老後を送るのです。

その場合の課題は、どこまでぼくはそいつにぼくを委任することが許されるか。そいつがしでかした発言なり指示なり約束なり契約なりを、どこまでぼくが責任取れるのか、ということです。そろそろ、その仕組みも考えていいと思うんです。

ケリーさんはwikipediaの意外なる成功を引き合いに、世界中の地図がタダで見られたり、ソフトウェアが無償で開発されるさまを、不可能が可能となったと評しています。ただ、そうした「進化」はまだ「始まったばかり」とも表します。そのとおり。ぼくが本書で最も同意するのはその点です。

ネット勃興から30年。大衆化から20年。グーテンベルク活版印刷の発明で本が大衆化されてからの560年に比べれば、まだルターの宗教革命さえ始まっていない段階。「不可避」なるものが本領を発揮するのは、これからなんじゃないですか。
楽しみです。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2017年1月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。