日本国憲法は「三権分立」ではない

2017年03月03日 09:40


橋下氏が噛みついているのは、朝日新聞の「最高裁人事、崩れた慣例」という記事だろう。朝日は安倍政権が最高裁判事に日弁連推薦の候補を拒否したことについて「慣例は、政治権力による露骨な人事介入に対する防波堤の役割を果たしてきた面がある」と批判するガラパゴス憲法学者のコメントを載せているが、日弁連の推薦なんて何の法的根拠もない。これは首相を「みこし」にしようという下剋上の思想だ。

これに私が「三権分立なんて憲法には書いてない」とコメントしたら、橋下氏は「司法には違憲立法審査権がある」と反論してきたが、そんなものは形骸化している。違憲立法を審査する司法の最高責任者を首相が指名し、その首相を国会が指名するのだから、国会が最上位だ。憲法第41条は「国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である」と定めている。

三権分立型の合衆国憲法には「主権」という言葉がないが、日本国憲法は第1条で「主権の存する日本国民の総意」で国家を統治することになっている。これはフランス革命の「国民主権」の系統で、国民の代表たる国会議員が行政を支配する。議院内閣制は権力を議会に一元化するのが原則である。

ただし実態は違う。国会は森友学園のようなくだらない事件で騒ぐだけで、行政のチェック機能を果たしていない。法案の80%以上は内閣提出法案(憲法41条違反の疑いが強い)なので立法権も官僚がもち、政令・省令や逐条解釈で法令解釈権も官僚がもち、行政処分で警察権も官僚がもつので、日本は官僚機構に権力の集中した行政国家である。

これは現代ではどこの国にもみられる傾向で、アメリカでもトランプ大統領が大統領令という行政命令を乱発して大騒ぎになっている。合衆国憲法は三権分立なので、それに司法が歯止めをかけ、議会が法律で歯止めをかけるが、日本には行政の裁量への歯止めがない。

このため民主党政権が違法な行政指導で原発を止めても、財産権を侵害された電力会社は抵抗できない。自民党に陳情しても彼らには行政能力がなく、行政訴訟を起こしても裁判所が行政を支持する判決を出す傾向が強いからだ。官僚機構が行政だけではなく、立法・司法機能をもつ官僚独裁が日本の政治をゆがめている。

だから橋下氏の批判は正しいのだが、その論理は逆である。朝日は「安倍政権は三権分立を侵害している」といいたいのだろうが、そんな自由主義は空文化しているのだ。民主主義の議院内閣制では内閣への権力集中を定めているので、安倍政権(菅官房長官)のような政治任用で官僚機構の「無責任の体系」に歯止めをかけるべきだ。それが民主党政権が、かけ声だけで何もできなかった「政治主導」である。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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