中選挙区に戻れという人たちの“歴史健忘症”

2017年06月27日 12:00

「東国原さんとのテレビ討論の意外な結論」という記事で少し書いたことだが、このところ盛んな、「小選挙区制度が諸悪の根源」という議論を批判し、「与党が党内抗争ばかりしていては、外交や長期的課題に政権は取り組めないし、55年体制のもとでしばしば、それなりの水準の総理が短期で政権から引きずり下ろされて弊害が目立った。小選挙区制がいけないとか、中選挙区制の時代が良かったとかいう人がいるが、党内抗争の激しさの弊害をすっかり忘れているらしい」と書いたが、もう少し詳しく説明したい。

小選挙区制度が生まれたのは、三角大福中と呼ばれる派閥政治のなかで、自民党の党内抗争が激しく、各派閥が勢力を増やすために、政治資金稼ぎに走り、ロッキード事件やリクルート事件など不祥事があいついだからだ。

中選挙区時代の「金権政治」を象徴した田中角栄氏と、小選挙区導入の立役者だった小沢一郎氏(Wikipedia:編集部)

とくに、田中派と福田派とその後継派閥の争いは見苦しかった。福田赳夫とか大平正芳のようなかなり立派な宰相も、常に政局に翻弄され、短期で交代させられた。閣僚は派閥順送りで資質に関わりなく当選回数を重ねれば誰でもなれ、一年でほとんどが交代した。将来の宰相候補も育たなくなってきた。官僚をはじめ、豊かな職業経験を経た後では政界進出は遅すぎた。そして、世襲政治家全盛になった。政界進出の容易さ、そして、若いうちに政界進出が可能だったからだ。

戦後に大学を卒業した世代からまっとうな政治家が出なくなったのは中選挙区制がゆえだったのだ。
良い政治家が出なくなったのは中選挙区制をやめたためだというのは、歴史的プロセスを無視して、現状と昭和20~30年代あたりの状況をほかの要素を無視して比較しただけの安直な結論だ。

小選挙区制のおかげでともかくも二大政党制が実現し、政権交代も実現するようになった。新進党や民主党から新人が出てくる余地が出たからだ。現在、自民党で活躍している人も、ほかの党から出発している人が多い。

それをまた、中選挙区に戻したら、どこに戻るのか。政治資金集めや、利権の獲得と悪用に長けた政治家や、世襲を容易にするだけのことだろうし、自民党以外からは質の良い新人は出なくなっていまうだろう。

小選挙区制度がもうひとつうまく行かないのは、ひとつは、新進党・民主党・民進党とつづく系統が、保守政権が国民の信を失えばいつでも安心して任せ下さいという準備をせずに、かつての社会党的な万年野党として、批判することだけに存在価値を見出し、それによって勢力を維持しようという姿勢をとっているからだ。

また、小沢一郎氏が、自分の思い通りならないと、ぶっ壊すという壊し屋を演じ続け、健全な野党の継続を許さなかったためだ。

基本的に首相は数年は続けることが原則であるべきだ。アメリカ大統領の二期八年が原則というあたりが妥当だし、メルケルやプーチンのような安定政権は良い仕事をしている。中国だってだいたい10年間、同じリーダーが続いているから発展した。

日本も小泉元首相や安倍首相は長期政権だからとくに外交で得点を上げた。閣僚も1年ごとに交代しなくなった。これは良い傾向でなくてなんだろうか。

政権交代は、野党がとって与党内での首相交代は、首相が十分にやることやったとか、そうでなくとも長すぎるとか、選挙で政権を失わないまでも非常に悪いスコアだった、スキャンダルや病気というときが原則で良いではないか。

やはり政権の対抗勢力は、野党第一党というのが筋なのだ。しかし、そのためには、こんどは、野党にやらせてみたいという野党でなくてはならない。ところが、民進党は、前回の政権時の反省がきちんとできていないどころか、そのときより、はるかに非現実主義的な反対のための反対に傾いているし、蓮舫のような二重国籍者を党首に選んで平気でいる。

現状の政治を変えるのは野党の覚醒が基本であり、その野党への政権期待が高まれば、自民党の首相にも良い刺激になるし、よほどひどいとなれば。参議院選挙での敗北や、総選挙での議席減や敗北予想をきっかけに党首交代するだろうから、それでいいのである。

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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