天皇陛下は始皇帝と高句麗の朱蒙の子孫?

八幡 和郎

両陛下が訪問された高麗神社(Wikipedia:編集部)

天皇、皇后両陛下が9月20日に、高句麗の王族で来日中に母国が滅亡(668年)し、東京・埼玉にまたがる高麗郡長になった若光をまつる高麗神社を訪れられた。麗文康宮司に「高句麗は何年に滅んだのですか」「高句麗人と百済人の違い」などについて質問されていたそうだ。

北朝鮮情勢が緊迫する中で、政治外交的にいろいろな受け取りがされるわけだから、政府とはきちんと意思疎通の上のことと思う。

日本のマスコミでは政治的にややこしいのであまり取り上げなかったが、韓国の新聞は「歴代日王(天皇)で初めて」と写真付きで詳しく報じたそうだ。

陛下は、2001年の会見で「桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると、続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています」と述べられた。

韓国で好意的に取り上げられたのは結構なことだが、そのときも、なにか、日本の皇室が百済王室の分家みたいな誇大妄想で受け取る韓国人がいて困ったこともあった。きちんとした説明をしないと誤解を招く。

実際には、桓武天皇の母親が百済王家の一族で朝廷の官位もない下級官吏になっていた者の娘であり、光仁天皇がまだあまたいる皇族の一人だったときに、側室になって桓武天皇を生んだというだけのことだ。

朝廷における百済王家の序列は、最高位でも鎮守府将軍陸奥守で、日韓併合後の李王家の扱いなどに比べて低かった。

また、百済は唐に併合されたのであって、現在の韓国は百済の継承国家とは言いがたいし、百済から来て文化を伝えてくれたのは、ほとんど漢族ばかりだ。

とはいえ、百済から渡来した人々は何十万人にも上りそうで(その過半は漢族だが)、日本人にとっても、おそらく、DNAの一割を越しているのでないか。

百済王家というと、戦国大名の大内氏は男系でその子孫だ。大内氏は李氏朝鮮に対して、百済の故地を領地として欲しいと要求したこともある。

また、百済王の始祖は高句麗王家の創始者東明王朱蒙の三男だから、高句麗王家の血も引いておられることになる。さらに、陛下の外祖母は島津忠義の娘であり、島津氏は秦一族である惟宗氏の末裔であるから、始皇帝の子孫でもある。

というような大内氏や島津氏の系図も、「系図を知ると日本死の謎が解ける」(青春新書)で取り上げている。

なお、島津氏は源頼朝の子孫ともいうが、それは、初代島津(惟宗)忠久の祖母が頼朝の乳母で、惟宗家に嫁す前にすでに頼朝の手が付いて子どもをみもごっていたと称しているだけで、たとえそれが真実でも、戸籍上の実父は秦氏であるのに間違いはない。

「系図」を知ると日本史の謎が解ける (青春新書インテリジェンス)
八幡 和郎
青春出版社
2017-10-03