日韓台のアジアグループによる、PD-1抗体を利用した胃がんの臨床試験の結果がLancet誌に公表された。一流の臨床系雑誌にアジアのデータが報告されるのは誇らしいことだ。少し残念だったのは、責任著者が国立がんセンター中央病院の医師であったにもかかわらず、第1著者は韓国のアサンメディカルセンターの医師であり、最後には台湾の国立成功大学の医師の名前があったことだ。著者の一覧を見たときは、韓国、もしくは、台湾のグループが主導して行われた臨床試験かと思った。これでは、誰がこの試験の最高責任者であったのか、よくわからない。
この臨床試験では、エントリーされた493名の進行胃がん患者の内、330名が抗PD-1抗体の投与を受け、163名が偽薬の投与を受けたとの事だ。観察期間の中央値は、抗PD-1抗体投与群では8.87ヶ月、コントロール群では8.59ヶ月であった。生存期間の中央値は、抗PD-1抗体投与群では5.26ヶ月(95%の信頼区間は4.60-6.37ヶ月)、コントロール群では4.14ヶ月(3.42-4.86ヶ月)であった。確かにp値は<0・0001で統計学的には間違いなく差はあるのだが、4.14ヶ月と5.26ヶ月では、1.12ヶ月(約34日)の違いしかない。そして、グレード3・4の有害事象は、抗PD-1抗体投与群の10%、コントロール群の4%で認められた。治療関連死が抗PD-1抗体投与群では5名、コントロール群では2名であったと記載されていたが、偽薬(生理食塩水)で100人に一人以上の割合で、治療関連死というのは少し解せない。ランダム化した上に、どちらを投与したのかわからない段階では、治療関連死かどうか判断ができないので治療関連死と判定されたのだろうが、科学的な観点では、違和感がある。
グラフで見る限り、長期生存している方が一定の割合でいるので、結果的には有効という判断でいいのだろうが、腫瘍縮小が認められたのは11%に過ぎない。「免疫療法は、腫瘍縮小よりも生存期間で評価すべきなのだ」と熱く語っていた、6-7年前の自分が、懐かしく重なってくる。と愚痴をこぼすのはやめて、この論文における最大の課題を議論したい。
これまでの抗PD-1抗体治療の報告で見る限り、ばらつきはあるものの、PD-L1の発現量で治療効果がかなり異なっていた。PD-L1の有無は、治療効果予測の絶対的な切り札にならないが、発現量の高い患者群が、発現がない(低い)患者群よりも有効率は高かったのが、これまでの知見だ。この抗体医薬品は、がん細胞で作られるPD-L1がTリンパ球のPD-1と結びつくのを妨げることによってT細胞を元気にし、そして、元気になって数も増えた、がん攻撃リンパ球ががん細胞を叩くことによって効果を発揮すると、理論上説明されている。PD-L1とPD-1の結合を通して、がん細胞がTリンパ球を抑え込んで、がん細胞を守っているのだ。しかし、この論文では大半の症例(PD-L1を調べた患者さんの86%)で、PD-L1が1%より少ない。PD-L1陽性(1%以上)症例が14%弱(調べた患者中、わずか26名)なので結論は出せないが、製薬企業にとっては、PD-L1に関係なく一定の効果があるという結論は、喜ばしい結果だろう。PD-L1の発現の高い患者さんにだけ投与しようとする方向性に水を差す。当然ながら、限られた患者さんに投与するよりも、全員に投与する方が、売り上げは上がる。
そして、科学的には混沌を生み出すのだ。「PD-1/PD-L1の結合をブロックすることによって、この抗体医薬品は効果を発揮する」という大前提が崩れてしまうのだ。PD-L1が高くても効果がないのは、他にも免疫を押さえ込む多くのファクターがあるからという理由で説明できる。また、PD-L1が低くても効く理由は、調べた部分で発現していないだけで、調べた部分以外のがん組織では発現しているからと説明できる。しかし、PD-L1の量が多いがんで、より効きやすいというのがこれまでの常識だったし、それは、科学的に納得できるものだった。臨床の現場では、常に例外に遭遇するが、この論文の結果は謎だし、科学的にも説明が難しい。
突然、話は変わるが、日本の総選挙は佳境に入ってきた。ニュースでは、某野党党首が、内閣の情報隠しを批難していた。しかし、東北大震災の時に原発からの放射線漏れ情報を隠したり、尖閣列島沖での中国船の体当たり事件の時に、その映像を隠したのは、どの党の人だったのだと、ニュースを見ながら心の中で叫んでしまった。いったい、政治家というのはどのような精神構造をしているのだろうか???? でも、その政党が、小池新党と拮抗して、それを上回るかもしれないという予想は、もっと驚きだ。小池新党から「排除された」可哀想な人たち、筋を通した人たちというので判官贔屓で支持されているのだそうだが、なんだかおかしい世の中だ。アメリカの政治もおかしいが、日本も変だ。
編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2017年10月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。