想定内だが納得!貴乃花親方の息子 優一氏が語る真実

尾藤 克之

花田優一氏ブログより

大相撲11月場所は横綱白鵬の優勝で幕を閉じた。物議を醸す場所だったが、横綱は元々、神事という点で他の競技とは異なる。土俵入りには平安と五穀豊穣の祈りが込められている。よって横綱には模範となる高い品格が求められるのである。実は場所中に、貴乃花親方の息子である花田/優一氏が処女作を上梓したのをご存じだろうか。

タイトルは『生粋(ナマイキ)』(主婦と生活社)。“大横綱の息子”として保障された何不自由ない生活と約束された将来を蹴り飛ばし、靴職人という人生を選んだ優一氏が明かした若者向けの指南書になる。しかし読み進めると、父である貴乃花親方の考え方や思考、行動特性がよく理解できる。その点は興味深い。

大横綱の息子という存在

「大横綱の息子」。優一氏は物心つくころから、この言葉を言われて育ってきた。また、優一氏は父のことを誰よりも尊敬している。この世で「憧れの男」は当時もいまもただひとり、「父だけだ」とも述べている。父が永遠のヒーローなわけである。そういう父に抱きかかえられて、頂点から見た眺めは、あまりにも高く鮮やかだった。

ところが、いつの頃からだろうか。「横綱の息子」と言われることが、息苦しくなっていった。「横綱の息子」である以外、何ひとつ持っていない。見ていた景色は、「見せてもらっていた」にすぎない。その匂いや雰囲気を味わわせてもらっていただけであることに気がつく。そして、大学なんかよりも、早く手に職をつけることを決意する。

「息子の目線で見ても、いちファンの目線から見ても、『この人より強い人はいない』と確信できるほど、強い父だった。僕がわざわざ同じ道を歩く必要があるのだろうか。いや。入ったところで、僕がやれること、成し遂げられることはそこには残っていない。その世界の道は1本残らず、父がすでに通ってしまった道だからだ。」(優一氏)

「父が歩いた道は、とてつもなく格好よかった。相撲の世界には、父より格好いい生き様はないように思えたし、その格好よさを追い求めたら、ここでも『横綱の息子』として父が通った後を、父が作った道を、歩くことになる。」(同)

相撲道とは一体なんなのか

多くの人が相撲に夢中になる理由を、優一氏は次のように解説している。「相撲は単に勝ち負けを決めるスポーツとは一線を画している世界だ。脈々と受けつがれてきたものは、真剣勝負でありながら神事でもある。日本人が日本人であることを誇りに思う空間が、そこにはある。真剣勝負と磨き抜かれた心身を通して『意気』を表現する。土俵の上で、自分の『魂』を体現する。人としての『生き様』をひたすらに究めていく。」(優一氏)

そのうえで、父とは違う道を歩んで、頂点にたどり着きたいと思った。その答えが靴職人だった。ボストンやフィレンツェなど海外での修行を経て2015年10月に帰国し工房をひらく。そんな、苦労をして職人なった、優一氏はいまの若者に対して手厳しい。

「お前、土日休みだろ。こっちは365日働いてるよ。勉強させてもらっている身で、給料がもらえるだけで感謝しろよ。修業期間、こっちは別にアルバイトをして生活費稼ぐんだぜ。つべこべ文句を言わずに働けよ。」(優一氏)

おそらく同世代の若者もこの矛盾に気がついていると指摘する。例えるなら、就活している学生たちも、気づかないフリをしているだけだと。

いい男はナルシストである

何かの折に、妹が父(貴乃花親方)にこう言ったそうだ。「『パパってすごいナルシストだよね』。すると、父はうれしそうに笑った。『ナルシストにもなれないような男なんてのはな、大したことないんだよ』『いい男っていうのはな、自分のことがわかっているから、自分に惚れられるんだ』-中略-自分のよさ、優れた部分をしっかりわかっている人間でなければ、自分の短所もわからないし、逆に他人のよさもわからない。」(優一氏)

そして、怠けているとこのように言われるそうだ。「『お前は羊の群れを導く狼になりたいのか?群れの中の羊になりたいのか?どっちだ?』(同)

貴乃花親方は31歳で貴乃花部屋を開く。今回も、横審をはじめとする批判でマイナスイメージがついてまわるが、一本気で真っ直ぐなのだろうと推測する。自分で決意し決めたことは絶対に曲げない。小泉元首相から「痛みに耐えてよく頑張った」と賞賛されたが、今回も「弟子の痛みに耐えている」と考えれば、簡単にスタンスを変えるとは思えない。

事の真偽はわからないが、打算的な人が多いなか、私はこういう人が居てもいいと思う。貴乃花親方のDNAを受け継ぐ優一氏も、かなり頑固で一本気だ。誰かの「枠」にはまるな。生き方に戸惑っている若者たちへ届けたいメッセージである。

参考書籍
生粋(ナマイキ)』(主婦と生活社)

尾藤克之
コラムニスト