「人権後進国」というレッテル貼りはやめよう

2018年01月05日 19:00

アゴラは自由な言論の場だから「人権派」の発言も自由だが、日本を「人権後進国」と呼ぶ駒崎さんの記事には違和感を覚えた。顔を黒塗りしたメイクが不愉快だ、と在日の黒人がツイートしただけで、なんで「日本全体に人権後進国のレッテルが貼られても、仕方がない」という話に飛躍するのか。

ダウンタウンの浜田がエディ・マーフィのものまねをしたのは単なるギャグで、差別の意図がないことは明らかだ。「差別意識がなくても19世紀のショーは黒塗りで差別していた」などというトリビアを日本人は誰も知らないし、知る必要もない。

これは逆を考えればわかる。アメリカのテレビで日本人が目のつり上がったチビとして描かれても、いちいち抗議する日本人はいないし、それを取り上げるメディアもない。黒人の意見だけをBBCが取り上げるのは自民族中心主義である。

どこの国でも、お笑いは差別と紙一重だ。駒崎さんは「人権に配慮した笑いって、本当につくれないんでしょうか」と書いているが、一度、吉本の劇場で芸人を見てみるといい。ほとんど放送できない差別語だらけだ。PTAを恐れていたら、お笑いはできない。それは日本の文化の一部なのだ。

彼は先月のセクハラ騒動の記事もそうだが、意識的にアメリカ民主党系の市民団体のポリコレを日本に輸入しようとしているようにみえる。それは運動論としては便利だろう。糾弾の目標がはっきりしていてマスコミに乗りやすく、相手が反論できないからだ。正直いって私もマスコミにいたときは、そういう運動に乗って報道したことがある。

それは日本でも、かつて朝鮮総連や部落解放同盟が糾弾運動としてやったことだ。ひどい差別がなくなったあとも、こういう「人権派クレーマー」は言葉狩りなどの騒ぎを続け、「部落」や「めくら」などの言葉は日常語からも消えた。その反動で「在日特権」を問題にするネトウヨが出てきた。

ポリコレのタブーは、日本でもアメリカでも不毛な対立をあおるだけで、問題の解決にはならない。その行き過ぎが、アメリカでトランプ大統領の登場した原因だった。今度はそのタブーを演出にまで広げようというのだから、萎縮効果は大きい。日本でこういう偽善を広めるのはやめてほしい。表現の自由こそ憲法で保障された基本的人権である。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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