ウルトラQの50年

2018年01月29日 11:30
小野俊太郎「ウルトラQの精神史」を読みました。1966年の放映から50年、総ざらえした好著。全28話、それぞれ珠玉の、多様で多角的な作品群を、テーマ別に全て分析を加えた本書は、研究素材としても一級品です。ぼくの原体験番組であり、作品と時代に対する自分の強い思いが激しく揺さぶられます。
 日曜の晩、オバQの後に始まるウルQ。7時~8時の至福。なのに、ヒーローは登場せず、人間がもがき苦しんで事件を解決する、子どもの理解を超える物語。怪獣(ペギラやガラモンやケムール人)だけでなく、動物(植物やモグラやクモ)、人(幽体離脱や1/8計画)など事案も多様でした。
 時代背景も複雑でした。東京五輪と新幹線開通を2年前に済ませ、高度成長、公害、環境破壊。世界はベトナム戦争と宇宙開発競争。それら時代の物語を背負って、TBSに集結した大人たちがたっぷりと愛情をもって練り上げた作品群。その愛情は、シナリオや映像だけでなく、それぞれの作品に用意された豊かな音楽が代表しています。
 敗戦から20年のタイミングは、戦争もまだ引きずっています。ペギラを撃退したのはゼロ戦のパイロットくずれでしたし、旧日本軍が管理していた薬品のせいで巨大化したサルの物語もあります。視聴者にとって戦争がまだ身近だったんです。
 五輪が開かれ首都高が開通した東京には、攻撃が集中します。古代植物マンモスフラワーが丸の内のビルを突き破り、ペギラは東京を凍らせ、ガラモンは東京タワーを破壊し、風船怪獣バルンガは東京のエネルギーを吸収します。(バルンガがアルベール・モリス「赤い風船」の読み替えだったとは不覚にも本書で気がつきました。)
 ウルトラQのことは、いずれゆっくり整理したいと思いつつ、本書に刺激を受けてしまったので、名作と考える5作品だけコメントして、今後のわが整理作業のきっかけにしておこうと思います。
1.「ペギラが来た!」「東京氷河期」
 あの恐ろしいペギラが東京に来ます。東京を凍らせます。でもペギラは脇役。主役は父子の二人です。ゼロ戦の名パイロットがアル中に身を落とし、泥棒を働いている。それを秋田から追って上野にたどりつく息子。濃い時代背景と物語。
 ペギラに特攻をかけて散る父親と、その遺影を抱え東北本線に乗って帰る気丈な息子。そんな番組、子ども向けじゃなくてももう見られません。なお、この父親の死は、ジャイアントロボとギロチン帝王の決戦や、五星戦隊ダイレンジャー「神風大将」の玉砕に受け継がれる日本風の決着法です。
 ペギラは東京の電波を麻痺させます。ウルトラQでは電波が重要なモチーフです。ガラモンも電波で操作されました。ケムール人は電波で退治しました。当時は電波の時代でもあったのです。
2.「ガラダマ」「ガラモンの逆襲」
 怪電波を発信する合金の隕石。それは電子頭脳であり、恐ろしいガラモンはそれに操作される肉体にすぎない。ハード・ソフト分離です。だからガラモンは複製が可能で、複数体が投入されます。モスラに次いで、東京タワーを壊します。
 隕石やガラモンを操作しているのはセミ人間。悪いです。ガラモンは恐ろしいけど、操られているので、嫌いになれません。だからウルトラマンでは小さくピグモンになって人間の味方になりました。電波管理所(電波監理局ですね)も活躍し、電波を遮断して、ガラモンは何らかの吐瀉物を吐いて死にます。
 セミ人間は、ミッションを達成しなかったため、「掟」として、味方から光線で身を焼かれて湖畔でもだえ死に。子ども番組なのに、凄惨なシーンです。子どものころ、アブラゼミやニイニイゼミをつかまえて掟・掟と火あぶりにしていたのは、子ども番組の悪影響ですすみませんでしたセミ様。
3.1/8計画」
 殺人的なラッシュアワーの過密都市東京を風刺した作品。人体を1/8にすることで住みよい地球にする夢物語。だが本当のテーマは管理社会の恐怖です。出入管理事務所が「楽園」と称する1/8世界は、私物を制限され、マイナンバーのような市民番号が与えられる無機質な空間。
 そこは元のコミュニティと遮断される隔絶社会。ユートピアが存在しない寓話は、浦島太郎の竜宮城を思わせます。それはウルトラQ「育てよ!カメ」がもっとストレートに描いた世界です。
 ただそれは、当時の情勢では、まだ続いていたブラジルやドミニカへの移民の問題と交わり、また、楽園を目指した北朝鮮への移住もまた影を落とす物語でした。
 ぼくはこの年始、サンノゼの日本人コミュニティを訪れ、大戦時に日系人が隔離された地域の理不尽な史実を伺い、その光景が本作品とダブリました。
4.「カネゴンの繭」
 子どもが変身する等身大の怪獣は、腹をすかせてべそをかくだけの情けなさ。だけど友だちは相変わらず多く絆も強い。対する敵はブルドーザーで宅地を造成する大人ども。コミュニティを守る子どもと、開発・経済の大人の争いを、その融合した怪獣の視点で描く名作。
 純真な子どもと、大人びたカネの亡者とが融合したカネゴンは、現代人が否定できない醜悪でコミカルな存在として、ヒューマンな支持を得た怪獣。それが「繭」から生まれるという自然感が素敵。カネや開発という現代に対し、怪しい「神」の古びたお告げで事態を解決するストーリーも見事。
 神(ばばあ)のお告げを実現させて子どもコミュニティが勝つカタストロフに酔っていたら、人間に戻った金男の自宅では、両親がカネゴンに変身していたニヒルなオチに、子ども心に深いショックを受けたことを、子どもたちが軽快に行進したくなるテーマ曲とともに記憶しています。
 造成前の多摩ニュータウンや下北沢の商店街などが登場するカネゴン、加根田金男の自宅、あの繭のあったおうちは、慶應義塾大学村井純教授の実家です。自分ちでカネゴンが撮影されていたなんて。ヒゲオヤジが逆立ちしても実現しない夢。村井さんには会うたびにその話を伺っております。
 
(村井先生ちでは少年ジェットや忍者部隊月光の撮影も行われたそうです。最年少だった月光少年はやかんでスタッフの水くみなどもしていたそうです。彼がカカカカと投げる手裏剣は、TBSのスタッフが一個ずつ貼り付けてコマ撮りして、カカカカとした現場を村井先生は目撃していたそうです。うらやましいけど夢つぶれるわ~)
5.2020年の挑戦」
 本書も最後に本作品を切り出して論じているとおり、今なお現在に多くを語りかける名作。肉体の衰えたケムール人(星人ではない)が、2020年から1966年の地球人の肉体を奪いに来る。
 目の前で突然人が消えてなくなるネガ・ポジ反転の映像。怖かった。パトカーに追われても、奇怪なケムール人は不気味な声を発してゆっくりと走って逃げ去る夜。怖かった。5才児だったぼくが長年、怖い記憶として刻んでいたシーンです。
 Xチャンネル光波を東京タワーから発し、ケムール人は頭からぴゅっぴゅっと液体を発して死にます。ペギラやガラモンにやられた東京タワーが活躍します。でもそれで終わりではない。事件を解決した刑事がまさかの消失に遭い、エンディング。物語は続くのです。
 2020年の高齢化社会はケムール人の住む社会です。若い肉体を奪わなくて済むよう、肉体を取り戻さねば。それが50年前からのメッセージでしょう。

 

 2020Techで人体を拡張する「超人スポーツ」。ぼくは超スポの説明のたびに、「2020年の挑戦」をモチーフにしています。

編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2018年1月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。

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