裁量労働の朝日新聞が裁量労働制を批判する偽善

2018年03月05日 12:00

朝日新聞の「裁量労働制を違法適用、社員が過労死」という記事は論理的におかしい。記事のリードはこうなっている。

裁量労働制を全社的に違法に適用し、昨年末に厚生労働省東京労働局から特別指導を受けた不動産大手、野村不動産(東京)の50代の男性社員が過労自殺し、労災を認定されていたことがわかった。

裁量労働制を「違法に適用」したことと「労災を認定」されたことが事実だとしても、この2つの事実から「裁量労働制が過労自殺の原因だ」という因果関係は導けない。これは野村不動産の違法行為であり、裁量労働制の問題ではない。スピード違反で死亡事故が起こったからといって「道交法が死亡事故の原因だ」といえないのと同じだ。

奇妙なのは、こういう温情主義を振り回す朝日新聞(を初めとするマスコミのほとんど)が、裁量労働制で働いていることだ。「裁量労働が長時間労働の温床になる」というなら、まず朝日新聞社が裁量労働制をやめて、記者の勤務時間を一律に決めてタイムカードで管理すべきだ。

これは昔、NHKでやっていた。記者は「特定時間外」という裁量労働制だったが、ディレクターは普通のタイムカードだった。所定勤務は11時から19時だったが、朝から外で取材するときは出社しないで直接行くので、会社に戻ってから鉛筆で記入した。月末に集計するとき、36協定の範囲(50時間)に収まるようにボールペンで書き直した。

朝日新聞がタイムカードを導入しても、仕事のノルマが変わらない限り、長時間労働の実態は変わらない。こういう「もぐりの残業」が増えるだけだ。長時間労働の原因は仕事を断れない正社員にあり、それはタイムカードでなくすことはできない。

だから本質的な問題は、長時間労働ではない。外資にも長時間労働はあるが、「サービス残業」や「過労自殺」は起こらない。年俸制で成果に見合った賃金をもらい、それがいやなら辞めて他の会社に移れるからだ。そういう外部オプションがないことが、日本の正社員のストレスになっている。

去年の過労死白書によると、2015年に「過労死」で労災認定を受けた正社員は179人だが、非正社員は6人。「過労自殺」は正社員87人だが、非正社員は4人。正社員と非正社員の比率を勘案しても、正社員が過労死・過労自殺する率は18倍だ。

正社員に過労死・過労自殺が多いのは、彼らの出世が定年までの長期的関係で決まるからだ。正社員は解雇できないので、企業は仕事が増えても正社員の採用を増やさないで残業を増やす。正社員はきつくても文句をいうと出世できないので、残業して死ぬまで頑張る。非正社員にはそういう「忠誠心」のプレッシャーがないので、過労死する前に会社を辞める。

だから根本的な対策は、無期雇用の労働者だけが「正しい社員」だという日本的雇用慣行をやめ、労働者が自由に動ける社会にするしかない。そんなことは朝日の記者も、自分で知っているだろう。それなのに「働き方改革 「高プロ」制度も削除を」などと野党と一緒になって騒ぐのは、偽善というしかない。

朝日新聞が本当に「リベラル」なら、労働市場を活性化して雇用を流動化する政策を政府に求めるべきだ。それは生産性を向上させる「財界の要望」だけではなく、労働者を「社畜」から解放する改革でもある。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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