極右と極左が江戸時代を礼賛する不思議

2018年06月02日 06:01

江戸城下のジオラマ(Wikipedia:編集部)

『江戸時代』を日本人が幸福だった時代として美しく描くことが流行っている。しかし、現実の江戸時代はとんでもない暗黒時代で、江戸時代再評価など「北朝鮮を地上の楽園」というのと同じだ。たしかに、江戸時代と北朝鮮の現在は似たところが多いわけだから当然かもしれない。

そして、明治維新は世界史上に燦然と輝く偉業だと世界で認められていると思うが、これを貶める歴史観が、戦前の日本なら何でも悪く言えば良いと思っている左翼と、武士が大好きな保守派の両方から提起されているのが不思議なところだ。

話題になった本のタイトルや副題などを眺めると『明治維新という過ち』『三流の維新 一流の江戸』(原田伊織)、德川がつくった先進国日本』(磯田道史)、『「幕末維新」の不都合な真実 』(安藤優一郎、『江戸はスゴイ――世界一幸せな人びとの浮世ぐらし』(堀口茉純)など言いたい放題だ。「官軍が始めた昭和の戦争を賊軍が終わらせた」とかいうのは、半藤一利と保阪正康両誌の共著の宣伝文句。あの田中優子・法政大学学長も江戸礼賛論者だ。

あまり腹が立つので、『江戸時代の「不都合すぎる真実」~ 日本を三流にした徳川の過ち』(PHP文庫)という本を刊行して、都市伝説を徹底的にやつけることにした。

原田伊織氏は私と同じ滋賀県ながら彦根の出身のようだし、安藤優一郎氏は彦根藩の世田谷代官について著作があるが、鳥羽伏見の戦い以降、彦根藩が官軍の中核にあり、近藤勇を捕縛し会津攻めでも大活躍したことを忘れておられるようで、彼らの著書のなかには触れられていない。

明治維新で新政府が取り組んだのは、ひとことでいえば、豊臣政権の政策の復活だった。16世紀に太閤秀吉や石田三成が取り組んで日本を世界最先進国にした改革路線を、より近代化された形で新政府は実現した。

おかげで二世紀半の失われた時間を必死になって取り戻し、植民地化とか、産業が壊滅的な打撃を受ける一歩手前で踏みとどまり、辛うじて近代国家への脱皮に成功したのだ。

しかし、その維新の精神が稀薄になって偏狭な排外主義や精神主義が優勢になったのが昭和の時代で、日本は道を誤った。

原田伊織氏は「長州軍閥が創り上げた陸軍」の「狂気」が思想弾圧や太平洋戦争の基盤要因と書いているが、実態は、山県有朋が退場して長州閥が力を失い、維新の精神が維持できなくなり東条英機など賊軍出身者によって軍が支配されるようになったときに日本は誤った選択をした。

東京裁判での認定が正しいとは限りませんが、いちおう、絞首刑になった被告の出身を調べたら、東条英機(盛岡藩)板垣征四郎(盛岡藩)木村兵太郎(川越藩)松井岩根(尾張藩)武藤章(熊本藩)土肥原賢二(岡山藩)広田弘毅(福岡藩)で薩長土肥などいない。

5.15事件で政党内閣が倒れたあとの首相を見ても、斉藤実(仙台藩)岡田啓介(福井藩)広田弘毅(福岡藩)林銑十郎(加賀藩)近衛文麿(公家)平沼騏一郎(津山藩)阿部信行(加賀藩)米内光政(盛岡藩)東条英機(盛岡藩)小磯国昭(山形藩)鈴木貫太郎(関宿藩)だ。

そのほか、山本五十六は長岡藩、石原完爾は庄内藩。上記の人たち一人一人にはいろいろな評価があるだろうが、のなかに薩長土肥など一人もいない。

半藤一利氏や保坂正康氏らのいう「官軍が始めた昭和の戦争を賊軍が終わらせた」などというのはまったく事実と正反対なのだ。

このあとも、少しいろんな視点から江戸礼賛論の間違いをただしてしていきたい。

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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