独バイエルン州で「十字架」が復活!

バイエルン州旗 「キリスト教社会同盟」(CSU)の公式サイトから

独南部バイエルン州で6月1日を期して、州全ての公共施設の入口にキリスト教の十字架が掲げられる。これは同州のマルクス・ゼーダー州首相が4月25日、発令した政令に基づくものだ。

同州首相は、「十字架はキリスト教のシンボルというより、ドイツのアイデンティティといった意味合いが強い」と説明した上で、「十字架は宗教的シンボルというより、文化のシンボルだ」と指摘し、州公舎に十字架を掲げる政令の意義を強調した。

興味深い点は、同州首相の「十字架復活」政令に対し、ローマ・カトリック教会関係者からは、「十字架を信仰以外の目的に使用すべきではない」といった批判の声が出ていることだ。独連邦憲法裁判所が十字架を公共施設から追放する判決を下した時、カトリック教会は一早く、抗議表明したが、ゼーダー州首相の今回の「十字架復活」政令には批判的なのだ。

少し、説明する。ドイツでは2015年から過去3年間で約140万人のイスラム教徒の難民が中東、北アフリカから殺到したが、南部バイエルン州はその難民殺到の入口となった。そのため、同州ではメルケル首相が推し進めてきた難民歓迎政策に対して強い反発の声がある。第4次メルケル政権の内相に就任したゼーホーファー「キリスト教社会同盟」(CSU)党首はメルケル首相の難民政策を批判し、難民受け入れの最上限の設定を要求してきた。

ただし、ゼーホーファー党首がメルケル政権入りしたこともあって、メルケル首相を正面から批判できなくなった。そこで同党首の後継者、ゼーダー州首相が難民対策の前線にたち、不法難民の強制送還の強化など、厳格な難民政策を施行してきた。「十字架復活」政令はその一貫で、十字架を公舎入口に掲げることでバイエルン州のアイデンティティを明確にする狙いがあるわけだ。これが、「十字架を信仰以外の目的に使用している」という教会側の批判の根拠となっている。

解説を続ける。バイエルン州で10月14日、州議会選挙が実施される。同州与党のCSUはこれまで議会の過半数を掌握してきたが、支持者離れの傾向が見えだした。特に、右派政党、反難民政策、反イスラム教を主張する「ドイツのための選択肢」(AfD)が州選挙で躍進する可能性が高まってきた。CSUはうかうかしておれない。そのため、ゼーダー首相らは厳格な難民政策を実施する一方、バイエルン州国民の愛国心に訴える政策を実施してきたが、教会関係者には「十字架復活」が選挙用プロパガンダと受け取られているわけだ。

独週刊誌シュピーゲル(5月12日号)によると、バイエルン州国民の56%は州首相の政令を支持、CSU党員では71%が同意しているという世論調査結果を報じている。

参考までに、ドイツ政界にはキリスト教の価値観、信条を基本精神とする政党が2党存在する。メルケル首相が率いる「キリスト教民主同盟」(CDU)と、その姉妹政党でゼーホーファー党首(内相)のバイエルン州地域政党のCSUの2党だ。両与党は今日、国民の教会離れ、社会の世俗化もあってその支持基盤を失ってきた。そこでCDUとCSUは伝統的保守層の獲得のため右傾化する一方、ライバル政党、AfD対策のため難民政策ではこれまで以上に強硬政策を取り出してきたわけだ。

蛇足だが、CDUとCSUのカトリック教会との関係を説明する。カトリック教会は当初、旧東独の牧師家庭出身で離婚歴のあるメルケル首相に対して一定の距離を置いてきたが、同首相が強い反発を受けながらも難民・移民歓迎政策を実施してきたことを評価してきた。メルケル首相は既に4回、ローマを訪問し、フランシスコ法王を謁見している。メルケル首相とカトリック教会は今日、難民政策を契機に蜜月関係となってきた。

一方、CSUとカトリック教会はもともと良好関係だったが、難民・移民政策が転機となり、受け入れの制限を主張するCSUに対して教会側の風当たりが厳しくなっていった。ゼーホーファー党首はメルケル首相だけではなく、教会の難民政策に対しても批判を繰り返してきた。ゼーダー州首相は、「教会は天国の労組ではない。教会は難民を受け入れるが、その宿泊代を国に要求している。慈善行為は本来、相手に宿泊代の請求をしない」と答え、独司教会議議長のマルクス枢機卿を激怒させたことがあるほどだ。

なお、ゼーダー州首相は1日、バチカンを訪問し、フランシスコ法王を私的謁見した後、ドイツ出身の前法王ベネディクト16世と会見、バイエルン州の十字架に関する政令について報告する。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年6月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。