松田聖子を人間国宝にすべき

2018年06月25日 06:00

松田聖子公式サイトより:編集部

松田聖子は国の宝だと思う。今までずっとそう思っていたのは私だけかと思っていたが、どうもそうではないらしいと最近知った。そして思った。誰も松田聖子という稀代のスターの偉業を総括していないじゃないか。それはフェアではない。彼女の成し遂げたことをしっかり分析して、後世に残すべきだと。僕はこの業界の専門家ではないが、個人的な体験を普遍化するというアプローチでその説明を試みてみたい。

それは、仕事で先々週に鳥取県米子市を訪れた時のことだった。私が8年来仕事で付き合ってきたほぼ同世代の相棒が、空港からレンタカーを借りきて、電車でやってきた私を米子駅にピックアップにきてれた。一日、いくつかの顧客のご自宅を回るには車が必要だったためだ。

彼が車で流していた音楽が松田聖子のベストヒット集だった。今は、BlueToothで自分で持ち込んだ音楽をi phoneから車のスピーカーに飛ばせることを初めて知った。その時初めて、彼がガチの松田聖子フアンだということも知った。それまで僕たちはお互い音楽の嗜好について話すような機会がなかったのだ。それから2日間、「松田聖子というのは何者だったのか(過去形にしては失礼だ、彼女はいまだに現役で日本武道館を満席にしている)」について、仕事の合間に真剣に語り合った。幸い仕事は何軒かの離れた顧客宅を回るものだったので、移動中に持て余した時間はふんだんにあった。

彼は松田聖子を「日本が生んだ世界的レベルのキャンディボイスのボーカリスト」だと言った。

「だって娘と並んで歌った時、娘より若々しい歌が歌えるんだぜ」とも彼は言った。

僕は反論した。「でも、彼女はSEIKOという名で世界デビューを果たしたけど鳴かず飛ばずだったじゃないか」と。

すると彼はこう言った。「いや確かに世界では通用しなかったけれど、日本というガラパゴスで圧倒的な地位を掴んだんだぜ。松田聖子の前に松田聖子なし。松田聖子の後に松田聖子なしだ」

なるほど、確かにその通りだ。彼女は、アイドルだったけれど普通のアイドルとは全く違っていた。何よりも彼女は50歳を超えても現役のアイドルを続けている。さすがに最近はミニスカートははかなくなったけれども。そんな女性歌手他にいない。

松田聖子とともにあった僕の人生

僕が松田聖子のファンになったのは高校二年の夏だった。実はそれまでは愛くるしい顔をした河合奈保子が好きだったのだけれども。僕が住んでいる横浜の駅前の特設ステージで歌謡ショー(今でいうフェスだ)が開かれて、河合奈保子がくるというので見に行った。確か、駅ビルの落成イベントだったのだと思う。そこには、5人くらいの女性アイドル歌手が集結して次々に歌を歌った。その一人が松田聖子だった。彼女が青い珊瑚礁を歌うのを見て何か雷に打たれたような衝撃を受けて好きになった。それから、彼女のファンに転向した。別に一人の高校生が好きな歌手を乗り換えても誰も気にしない。

それから、40年弱、僕の人生は松田聖子と共にあったと言っても過言ではない。こういうとある種の偏執狂かストーカー、あるいは追っかけのように聞こえるかもしれないが、そうではなくて、ずっと彼女の楽曲を聴いて過ごしてきたということだ。実は僕は失礼だが松田聖子という生の人にはあまり性的な意味での好奇心は抱かない。それは最初の頃はあったかもしれないが、でも彼女の水着姿とかを見て興奮したことは多分なかったように思う。そういえば3年ほど前に、娘がバイトをしていたチョコレート屋さんに松田聖子がやってきたそうだ。でも「へえそうなんだ」という程度である。ちなみに彼女は非常に丁寧に店員に接していたそうだ。

これは、恐らくほとんどの人が共感してくれると思うのだけれど、彼女は「白いパラソル」という楽曲から松本隆というこれまた稀代の作詞家とタッグを組みある種の「松田聖子的世界観」を作り上げて、ここまで成長してきた。実際、僕が一番好きな松田聖子の歌を挙げろと尋ねられれば必ず「白いパラソル」と答える。

高校時代は、彼女の新しいアルバムが発売される度に、急いで友人と一緒にYou&Iという貸レコード屋に出向いて、LPレコードをカセットテープに録音し、ウオークマンで通学中に聞いていた。

大学の受験に失敗し、横浜から御茶ノ水にある駿台予備校に通っていた時は、横須賀線の車内でずっと聞いていた。確か「スコール」というアルバムで、一度音漏れがうるさいと近くのサラリーマンに苦情を言われたことがある。

大学に合格し、いわゆる「大学デビュー」を果たし、授業そっちのけで、バブル真っ盛りのディスコ(もはや死語だ)に出入りし、雀荘に通い詰め、初めて彼女ができて、デートを繰り返していたが、その時にも松田聖子の「天国のキッス」をやはりウオークマンで聴いていた。ガールフレンドと別れて感傷的になっていた時には「天使のウインク」を聴いていた。

1986年大学三年の春休みに当時流行りだったバックパッカーとしてパリを出発点として1ヶ月欧州を旅して回ったが、その初日のパリのホテルで聞いていた歌が「マンハッタンでブレックファスト」だった。米国とフランスと大きく違うが、あの時の初めて外国にやってきた高揚感とホテルの部屋のシーンを未だに鮮明に覚えている。その記憶は「マンハッタンでブレックファスト」と紐づけられていて、その歌を聴くとパリを思い出し、パリと聞くとその歌を思い出す。

バブルの1987年に、就職して、結婚をし、会社の昼休みには松田聖子の歌を聴いていた。でももうその頃は彼女の新譜は聴かず昔の歌を聴いていた。

今は、会社は退職して独立したが、スポーツジムでYouTubeで松田聖子のライブ動画を見ながらマシーンで走っている。お気に入りは彼女が30代後半の頃のコンサートで歌う「星空のドライブ」だ。テンポがいい。

昭和的な正統派アイドル像を破壊した松田聖子

米子の話に戻る。

一体何が僕をそこまで彼女に傾注させるのだろうかと今まで判らなかったし探求するつもりもなかった。しようと思っても大の大人が「松田聖子論」を語るにも相手がいない。家内には言っても判らないだろうし、子供は存在すら知らない。昨年まで17年間海外で外人と暮らしていたので、彼らも松田聖子のことを知らない。50歳を超えた今、そんなことを仕事で付き合っている人に話しても笑われるだけだ。

で、米子で相棒が答えを提示してくれた。

「松田聖子はね、処女性を保ちつつ、女の子の抑えきれない性欲、あるいはSEXへの好奇心を素直に滲み出して来るんだよ。それが彼女のキャラクターで、松本隆の詞を載せた彼女のキャンディボイスは、そんな彼女の人柄を増幅させて男の心を鷲掴みにするんだよ」

なるほど、そうだったのか。僕は100%同意した。そこで、モヤモヤしていた色々な疑問が一気に氷解した。

アイドルというのは偶像という意味だ。疑似恋愛の対象物だ。天地真理から浅田美代子、麻丘めぐみ、アグネスチャン、キャンディズ、山口百恵と続く数々の昭和の正統派アイドルは、絶対的で崇高な、とても近寄ることの恐れ多い存在だった。ある種の女神だ。だからそこには完璧な処女性が求められた。実際彼女たちがその当時処女であったかはどうでもよくて、決して汚れた存在ではいけなかった。そうでなければ崇められない。汚れているのはファンの方で、プラトニックな疑似恋愛に走り彼女たちを想像してマスターベーションをした。では、我々昭和の少年たちはなぜアイドルを崇めたのか?

それは恐らく、昭和という特異な時代がそうさせたのだ。

先日ある有識者が最近の不倫をバッシングする世間の風潮という話題の中で、こんなことを言っていた。日本人はもともと、「Sexと恋愛と結婚は別々のものであり、性に関しては奔放であった。村には夜這いや祭りというのはフリーセックスの場でもあった。恋愛は恋愛としてあったし、好きでもない人と結婚することが普通だった。それが、戦後民主主義と資本主義とともに米国流のプロテスタント的価値観が刷り込まれた。それは概ね以下のようことだ。「必ず世の中に一人だけいるはずの自分の好きな人を見つけて恋愛結婚をすべきだ。それまでは貞操を守らなければいけない。マスターベーションは悪魔の所作だ。」

私は、あるいは多くの昭和世代の少年たちは「世の中というのはそういうものだ」と無謬的に受け入れていた。このような時代にアイドルは誕生する。なぜなら、そうは言ってもすぐに恋愛の対象者が見つかるわけではないし、恋愛なしの性行はままならない、というかそれはいけないことだ。結婚するまでセックスはできない。そこで、疑似恋愛の対象として崇高な処女性を持った性欲を感じさせないアイドルを信仰すれば、全てが許される。で、私は完璧な性の匂いを感じさせないが巨乳な女神河合奈保子を崇拝することになった。

ところが、そんな戦後GHQが恐らく意図的に作り出した「昭和的倫理観」の暗黙の国民的コンセンサスを平然と蹂躙してスターダムにのし上がったのが松田聖子であった。まず、彼女の声。稀代稀なるキャンディボイス。可愛すぎる。秘密の花園という歌がある。これは、もう完全に性欲を抑えきれない女の子が無垢な男の子を性行に誘っている歌だ。歌のタイトルそのものが女性器を連想させる。連想させるどころではない、暗喩ではなく直喩だ。これは、ルール違反だ。それは夢中になるのは当然だ。

のちに松田聖子と松本隆がNHKの番組で対談で種明かしをしてくれた。当時、どこまで世間に許されるのがやってみようと二人で話していたと。ピンクのモーツアルトという歌詞を作ってみたと。これは、女性のオーガズム(性的絶頂)を歌っている。それでも世間は受け入れる。

だから、他のアイドルが処女期を過ぎると神秘性が失われて必然的にブラン管からフェイドアウトしたのとは対象的に、松田聖子はその後も彼女の人間性もあらわにしてミニスカートを履いて歌い続けることができる。いまの時代、Youtubeで彼女の歌を聴くとき、むしろ10代の彼女のそれよりも30代の彼女が「星空のドライブ」とか「未来の花嫁」とかをコンサートで歌う方が艶かしくてファンにはたまらない。

多分彼女が70歳になってもそのライブには“現役感”がたっぷりであろう。少なくとも僕はそのコンサートを観に行くだろう。それは、懐かしのメロディを聞くのとは違う。とても複雑で説明がつかないけれど、僕たちは松田聖子という生身の体を見ているのではなく、その圧倒的なキャンディボイスで繰り広げられる「リアルな性への好奇心をむき出しにした10代の女の子」というプラトニックな世界観を脳内の映写機に投影しているのだ。そして、それはきっと僕だけではなく、みんなの脳の中で共有され、繋がっているのだ。

現代にアイドルはいらなくなった

で、彼女が正統派アイドル像をぶち壊した後どうなったか。もうアイドルは生まれなくなった。色々な試行錯誤が繰り返され今に至る。まず「歌よりも音楽性だよね」というアーティスト歌手の登場。安室奈美恵とか浜崎あゆみとか小室ファミリーとか韓国人歌手とか。もう一つが、「おニャン子クラブ」から「モーニング娘。」「AKB48」に至る「握手できる身近なアイドル」というコンセプト。さらには、初音ミクというある意味完璧な処女性を持った本当にアイドル。でもそこには人間性はない。

もちろん彼女たちはどれも商業的には成功を収めているのだろうが、松田聖子に匹敵するアイドルはもう出てこないと断言できる。何故ならば、時代が変わったからだ。もう、「愛と性行と結婚」をパッケージで完遂しなければ生きていけないというプロテスタント的価値観に基づくマインドコントロールから日本人は解き放たれた。今の時代、ネットを見れば未成年が簡単に性欲を満たす動画を手に入れられる。恋愛・結婚をしなければいけないという社会的なプレッシャーを感じることはない。だからアイドルはいらない。昭和期と現代とどちらが正しくてどちらが正しくないという問題ではない。それが社会であり、文化だからだ。

戦前の濃密な地縁・血縁社会の下での大家族から、安保闘争をへてニューファミリーが子供2人の核家族を形成する、その子供は結婚もしないし子供も産まなくなり、おひとり様の時代がやってきて日本は高齢化し、人口は減少する。1960年代後半から1980年代を過ごした我々の世代は、下の世代に社会の主導権を移譲している。それが今だ。

輝かしい時代が過ぎ去って言ってしまった喪失感・寂寞感は当然ある。もう我々の時代は幕を下ろしつつある。そんな今でも、僕たちの希望の星であった松田聖子を颯爽と歌を歌い続けている。彼女には、できるだけ輝き続けてもらいたい。

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酒井 直樹
株式会社電力シェアリング代表

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