日本の“汚い”決勝トーナメント進出と憲法第9条

2018年06月29日 01:30

FIFAワールドカップでの日本の決勝トーナメント進出は、なんとも冴えない時間稼ぎの結果、皮肉なことに、フェアプレイポイントでセネガルに優位を確保した結果である(勝ち点も、得失点差も同じで、イエローカードの少なさで日本の勝ち)。

なんともすっきりしなかったが、これを見て、国際社会ではフェアプレイより国益だという現実の良い教訓にはなるかもしれないとは思った。第9条か平和かどっちが大事だというのと同じだ。第9条の理想に殉じて北朝鮮の核武装を許してしまったことをそれでよかったと思う人は今晩の日本を非難すれば良い。

石原信雄・元内閣官房副長官と勝股秀通・日本大教授がBS日テレの「深層NEWS」に出演し、北朝鮮の核・ミサイル開発を巡る過去の日本政府の対応などについて議論したが、そのなかで、石原氏は、日本政府が1994年に北朝鮮の海上封鎖に関する米国の協力要請を断ったことを紹介した。

「あの段階ならまだ北朝鮮の核開発を阻止できたのではないかとの見方もある」といったのだが、憲法第9条が北朝鮮の核武装の追い風になったという事実は否定できない。

さらに、日本が1964年に中国が核実験する前に「もし中国が核実験したら日本もする」と言ったり、あるいは北朝鮮の核武装の前に「もし北朝鮮が核武装したら日本もする」と言ったりしていれば、彼らは思いとどまったかもしれないではないか。

日本が海外派兵しなかったのには、第9条の存在はプラスだったが、日本が戦場になる可能性は第9条がゆえに大きくなっているし、拉致問題も、竹島問題も、尖閣問題も日本が軍事力を行使しそうもないことが彼らの横暴な振る舞いをもたらしているのは否定できまい。

そうした客観事実を認めた上で、それでも維持する価値があるかを真摯に議論すればよい。私は第9条は崇高な理想だが世界平和や日本の安全に役だつかはなんとも言えないと思う。

無抵抗主義は自分の利益にならなくても追求するもので自分たちに得だというのは功利主義的解釈で邪道だと思う。それを第9条は崇高な理想で現実にもお得とかいう安直な議論はいじましい。

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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