杉田水脈衆議院議員の『新潮45』への寄稿は不適切発言の特盛だ

2018年07月23日 11:30

自民党の衆議院議員、杉田水脈氏がまた炎上していた。毎日新聞などが報じている。

LGBT:「生産性なし」自民・杉田議員の寄稿が炎上 – 毎日新聞 

『新潮45』の2018年8月号での寄稿『「LGBT」支援の度が過ぎる』において、毎日新聞の表題にあるようなコメントをしている件が問題視された。

杉田水脈氏ご本人のツイートによると

ちゃんと新潮45を購入して全文を読んでから批判していただきたい

とのことなので、居ても立ってもいられず、イトーヨーカドー曳舟店の書店に駆け込み、『新潮45』をゲットした。気になってしょうがないので、思わず立ち読みしてから買ったのだが、その段階で、首をかしげる主張だらけだった。

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明らかに事実誤認と考えられる部分、本人の主観を一般化している認識、差別的な発言、政治家としての姿勢を問われる記述、日本語の使い方がおかしい部分などに付箋を貼っていった。ご覧のとおり、結構な量になった。4ページ弱の論考で甘めにみて18箇所の記述に、上記の点のどれかの問題が含まれていた。このエントリーでは、杉田水脈氏の主張の瞞着性と欺瞞性、反労働者性、反市民性を暴き出すとともに、強固な大衆的反逆の狼煙をあげることにする。

SNSなどで拡散し、あたかも単独の寄稿だったかのように思っている人もいるかもしれない。事実関係を整理しておこう。杉田水脈氏の寄稿は「日本を不幸にする『朝日新聞』」という特集に寄稿されたものであり、単独のものではない。特集の最後に掲載されている。

報道された箇所をより長く、段落ごと引用する。

例えば、子育て支援や子供ができないカップルへの不妊治療に税金を使うというのであれば、少子化対策のためにお金を使うという大義名分があります。しかし、LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女たちは子供を作らない、つまり「生産性」がないのです。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか。にもかかわらず、行政がLGBTに関する条例や要項を発表するたびにもてはやすマスコミがいるから、政治家が人気とり政策になると勘違いしてしまうのです。

すでに、批判の声があがっているが、いちいち悩める国民のことなど歯牙にもかけぬ傲慢な言動である。まず、少子化対策が叫ばれているが、国民は産む機械ではないし、子供を産むか育てるかは国民の自由であるはずだ。LGBTも、それぞれの指向において多様である。変化もある。LGBTのカップルと出産というのは非常にデリケートなテーマではあるが、一部の指向においては出産はあり得るのである。「生産性」という言葉の使い方も、雑である。労働する、納税するという意味で国に貢献している。「人気とり政策」というが、これは経済産業政策、農業政策ほど人気がとれるとは思えない。にも関わらず、与野党ともに超党派の議員がこれまでに取り組んできたことにあまりに無頓着ではないか。

一言で言うと、勉強不足であり、想像力が欠如している。国民に産めよ育てよ、働けよ、納税せよ、と言っているような姿勢はいかがなものか。政治家として、国民のためにどれだけ努力をしているのか。

この問題とされた箇所以外にも、問題発言はてんこ盛り、特盛である。より上品な言い方をすると、百貨店や博覧会のようだ。そういうと、汗水流して働いている商業施設や、文化に関わる方に失礼だと思いつつ、こう例えることにする。

Twitterで連投したので、このスレッドを見てもらいたいのだが・・・

要するに、自分の主観を客観的事実であるかのようにすり替えたり、現状認識が甘い部分が多数なのである。御本人が嫌いそうな、切り出して批判するというやり方に思えるかもしれないが、ただ、全体で流して読んでも、次の記述は気になるのである。

しかし、LGBTだからといって、実際そんなに差別されているものでしょうか。もし自分の男友達がゲイだったり、女友達がレズビアンだったりしても、私自身は気にせず付き合えます。

→単なる主観の一般化であり、笑止千万の妄言である。LGBT関連のレポートを読んでいるのだろうか。さらには、母校一橋大学で起こったような、アウティングによる自殺のような問題が起きていることをご存じないのだろうか。

そもそも日本には、同性愛の人たちに対して、「非国民だ!」という風潮はありません

→「非国民」は最もひどい蔑称であって、そこまで至らない差別や偏見にさらされ悩んでいる人がいることをご存知ないのか。風潮がないとなぜ言い切れるのか。

リベラルなメディアは「生きづらさ」を社会制度のせいにして、その解消をうたいますが、そもそも世の中は生きづらく、理不尽なものです

→いかにも新自由主義者が言いそうなことだが、これは現状の社会システムの実態や成り立ちにあまりに無頓着である。

では、トイレはどうなるのでしょうか。自分が認識した性に合ったトイレを使用することがいいことになるのでしょうか

→すでに企業などでは対応が始まっている。

多様性を受けいれて、様々な性的指向も認めよということになると、同性婚の容認だけにとどまらず、例えば兄弟婚を認めろ、親子婚を認めろ、それどころかペット婚や、機械と結婚させろという声も出てくるかもしれません

→やや飛躍しているように見えるが、たしかにご本人が指摘するとおり、そのような動きもある。しかし、それはそれで向き合うのが、人間ではないか。

「常識」や「普通であること」を見失っていく社会は「秩序」がなくなり、いずれ崩壊していくことにもなりかねません。私は日本をそうした社会にしたくありません

→その「常識」や「普通であること」は誰が作っているのか。変化することが悪いのか。LGBT以外の件で言うならば、「普通」の維持が困難であることもあるのではないか。

まだまだあるが、この辺で。要するに珍妙な状況認識がこれでもかと開陳された、不思議な百貨店のようなものであったのだ。

今ここで起ちあがらないならば、人類滅亡の危機さえ招くことを直覚し、私は重大な決意のもと、主張する。親子3世代で反自民であり、1歳の娘にも多数派に迎合するな、権力者を疑えという英才教育をしている。そんな私が噛み付いていると、いかにもアンチ自民の左翼が吠えているように見えるだろう。それこそこの特集でも批判されている「朝日新聞」は長年の愛読紙であり、同紙からコメント依頼があるたびに狂喜ランバダ、いや狂喜乱舞である。

しかし、私は声を大にして警鐘を乱打したい。これは野党支持者だけではなく、むしろ自民党支持者が怒るべき案件ではないか。多様な党員がおり(だから、杉田水脈氏のような議員もいる)、多様な利害関係を代弁してきたのが自民党ではないか。LGBTに関しても、熱心に取り組んでこられた議員が多数いる。むしろ、党内でも批判されてしかるべき発言ではないだろうか。

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ご本人はこんな発言を続けている。しかし、これまた、自分の眼の前のことだけを一般化していないか。私は反自民だが、自民の中でも意見は多様であると信じたい。

闘う市民はこのような発言を看過してはならない。満腔の怒りを叩きつけ、断固たる大衆的反撃の闘いを赤々と燃えあがらせるのだ。党派性を超え、生きやすい世の中を勝ち取ろう。隊列を打ち固めよ。


編集部より:この記事は常見陽平氏のブログ「陽平ドットコム~試みの水平線~」2018年7月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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常見 陽平
千葉商科大学国際教養学部専任講師

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