トランプ政権が7月6日に通商法301条を基に対中追加関税を発動し、中国が報復関税で応じるなど、米中間で緊張が高まっています。しかし中国人富裕層の間で米国への関心は極めて高く、彼らにとって米中貿易戦争は重大な問題ではないかもしれません。
中国の富裕層向けリサーチ会社Hurun Research Instituteと移民関連コンサルティング・グループのVisas Consulting Groupが224人の中国人ミリオネア、平均資産450万ドルを対象に3月〜6月に行った調査によれば、移住に最適な国ナンバーワンの国は・・・4年連続で米国です。皮肉にも、トランプ大統領の減税政策が中国人富裕層の呼び水となりました。教育、投資、移民政策、不動産購入規制、所得税率、医療負担。ビザなし渡航、移民の受容度などの8つの項目から指数化した順位は、以下の通り。10が最高値で、()内の数字は前年との比較です。ご覧のように日本は圏外で、北米と欧州が優勢となっています。
1位 米国 8.7(-0.3)
2位 英国 8.5(+0.1)
3位 アイルランド 7.9(+1.6)
4位 カナダ 7.8(-0.9)
5位 オーストラリア 7.5(-0.3)
6位 ギリシャ 7.0(初登場)
7位 ポルトガル 6.7(+0.3)
8位 スペイン 6.5(+0.3)
9位 マルタ 6.4(-0.1)
10位 キプロス 6.3(初登場)
カナダが2017年まで米国に次ぐ2位の地位を固めていましたが、今回は4位に陥落しました。規制強化が背景にあり、例えばケベック州では投資家ビザに必要な資産は160万加ドル→200万加ドルに引き上げられましたよね。オーストラリアも2017年、自国民に利するべく“オーストラリア・ファースト”の異名を持つ市民権の取得要件厳格化を導入し、順位を1ランク下げ5位となりました。
トップ10に初登場した国はギリシャとキプロスで、それぞれ6位と10位に入っています。ギリシャは一帯一路を通じた中国との関係強化に加え、25万ユーロ以上の住宅・不動産に投資した外国人に更新可能な5年間の居住ビザを提供するなど、中国人をはじめ外国人投資家にフレンドリーなんですよね。キプロスも2016年9月から200万ユーロ相当の不動産を取得した外国人に市民権を付与する投資家移民プログラムを採用、従来の250万ユーロから引き下げました。
サントリーニ島なら、マリンブルーに囲まれて幸せに過ごせそう?
(出所:Pedro Szekely/Flickr)
中国人富裕層が移住を望む国別ランキングからは、米国の圧倒的な人気具合が伝わってきます。ただ、複数回答のせいなのか、1位以下は上記の「移住に最適な国ランキング」と順位が変わりました。ここでは、我らが日本も9位に食い込んでいます。気になるランキングは、以下の通り。
1位 米国 79.3%
2位 カナダ 24.6%
3位 オーストラリア 14.8%
4位 英国 10.8%
5位 アイルランド 7.9%
6位 ニュージーランド 6.4%
7位 シンガポール 4.4%
8位 マルタ 3.9%
9位 日本 2.5%
10位 ギリシャ 2.0%
不動産を購入目的地ランキングでも、中国人富裕層の米国愛は変わらず。カリフォルニア州ロサンジェルスが5年連続で1位を獲得しています。2位はニューヨーク州NYで、昨年の3位からワンランク浮上しました。3位にマサチューセッツ州ボストン、4位にワシントン州シアトルとカリフォルニア州サンフランシスコが入り、トップ5を米国の都市が独占しています。6位に漸くロンドン(英国)、7位にバンクーバー(カナダ)などが顔をのぞかせる程度でした。
ここで、疑問が浮かびます。都市が並ぶかと思いきや、日本が12位に入ったように国も含まれるんですね。あくまで目的地なので、国も都市も関係ないということなのでしょうか。気になるランキングは以下の通りで、()内の%数字は前年との差を表します。
1位 ロサンジェルス(米国) 18.7%(+2.5%)
2位 NY(米国) 13.4%(+2.5%)
3位 ボストン(米国) 9.4%(+3.0%)
4位 サンフランシスコ(米国) 8.9%(-1.0%)
4位 シアトル(米国) 8.9%(-2.3%)
6位 ロンドン(英国) 8.6%(+6.5%)
7位 バンクーバー(カナダ) 5.8%(+0.1%)
8位 トロント(カナダ) 3.1%(−1.1%)
8位 メルボルン(オーストラリア) 3.1%(−1.6%)
8位 ギリシャ 3.1%(初登場)
10位 ニュージーランド 2.9%(−1.3%)
11位 スペイン 2.2%(+1.2%)
12位 シカゴ(米国) 1.9%(-0.4%)
12位 日本 1.9%(-1.1%)
いかがでしたか?米国が中国人富裕層にとって望ましい移住地であることは疑いの余地がないものの、全体の傾向をみると今後はカナダやオーストラリアのように、移民規制の強化が影響しそうですよね。
では米国の状況を振り返ると・・・米国は1990年、外国人投資家向けに永住権を付与する“EB-5ビザ”を移民法に追加しました。外国人投資家は米国移民局が認可した地域センターなどに50万ドル以上の投資を行い、2年以内に10名以上のフルタイムの新規雇用を創出、維持すれば、永住権を取得できます。
しかし時限立法であり、2018年9月末で期限切れを迎えます。延期されたとしても必要な投資要件を135万ドルへ引き上げる案などが議論されているほか、申請者の約8割が中国人という実態を疑問視する声も聞かれ、安穏としていられません。
EB-5ビザ取得者、2017年度(同年7月時点)で78%が中国人。
(作成:My Big Apple NY)
仮に米議会がEB-5ビザの厳格化に踏み切れば、中国人富裕層にとってEB-5ビザを通じた米国永住権獲得の道が険しくなるのは間違いないありません。中国政府が資金流出防止を狙い、人民元の外貨交換額の上限を1人当たり年5万ドルに制定しており、大口の海外送金は友人の口座などから分散するなど抜け道が必要なら、尚更です。
(カバー写真:Chung Chu/Flickr)
編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2018年7月25日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。