金正恩氏は日本との交渉を願っている

朝鮮中央通信、首相官邸サイトより:編集部

北朝鮮で1人の日本人男性が拘束されている、というニュースが流れてきた。男性は39歳で身元や訪朝目的は不明だが、国交のない北朝鮮に入国すれば、想定外の困難があることは明らかだ。北は1999年12月、1人の日本人男性を不法入国とスパイ活動の容疑で拘束し、2年以上拘留したことがある。日本政府は国民に北朝鮮への渡航を自粛するように要請してきた。日本側は今後、駐中国の北朝鮮大使館を通じて男性の早期釈放を要請する意向だ。

北側はうまい話で日本人男性(映像クリエイター)を訪朝に誘い、入国後拘束した可能性が排除できない。その狙いは、日本との交渉で人質に利用できるという読みがあったのだろう。問題は、日本人男性が事前に北側の狙いを知っていたのか、それとも文字通りビックリ仰天だったのかは分からない。

それにしても、21世紀の今日、海賊ではなく、主権国家を名乗る国が他国の国民を人質にとり、「金をよこせ」といった類の脅迫外交をすること自体非常に違和感を感じるが、これが独裁国家・北朝鮮の現実だろう。

金正恩朝鮮労働党委員長はトランプ米大統領との米朝首脳会談前に3人の米国民を釈放し、首脳会談への融和的雰囲気を恣意的に高めることに成功した。ひょっとしたら、同じように金正恩氏は安倍晋三首相との日朝首脳会談を既に視野に入れているのかもしれない。そうでないのならば、日本人男性の拘束を日本側に通達する必要はない(日本政府関係者は11日、日本人男性が北朝鮮で拘束されたと公表した)。

いずれにしても、日朝間で「人質釈放外交」が動き出すことになる。全てに契機、きっかけが必要だが、日本人男性を拘束することで、北側が日本との交渉を期待していることを図らずも示したわけだ。日朝間の交渉は安倍首相の3選を見届けた後、本格的に動き出すことが予想される。

ところで、日朝間には日本人拉致問題が横たわっている。日本側は拉致問題の解決を重要視している。北側はそれを熟知しているはずだ。日本人男性を人質に取った北側の狙いをもう少し分析する必要があるだろう。

考えられるシナリオは、①日本側を交渉テーブルに呼び出し、日本側に過去の清算問題を提示、北の非核化問題で制裁強硬派の日本に制裁解除を強く要請する(交渉への呼び水説)、②北側は拉致問題で日本側の要望に応えられない何らかの事情がある。そこで拉致者の代わりに日本人人質を釈放し、北側の善意を表明する(拉致者身代わり説)。

②のシナリオは、日本人拉致者の生存問題と関連するだろう。帰国させることができないか、生存不明など、北側が日本人拉致者の帰国カードが使えない事情がある場合だ。拉致犠牲者の家族の心痛を思うと苦しいが、この時期の日本人男性の拘束は、②のシナリオを示唆していると受け取ることができる。

日本人拉致問題は金正恩氏の問題ではなく、父・金正日総書記が関与した犯罪であり、北側が「既に解決済み」と何度も表明してきた経緯がある。その一方、今回拘束された日本人男性の場合、金正恩氏の判断によって生じた問題だ。面子と体面を重んじる金正恩氏は金正日総書記が「既に解決済み」といった拉致問題を日本との交渉材料に使用することを潔しとしていないはずだ。だから、日本人男性の釈放を交渉材料に使用し、日本側から何らかの譲歩、支援を勝ち取ることで、自身の外交勝利を内外に誇示したいという独裁者特有の自尊心があるのかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年8月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。