進化する社内運動会:効果は社員の健康管理だけじゃない!

FP、マネーステップオフィス代表取締役 加藤 梨里

スポーツの秋。2020年の東京オリンピック・パラリンピックを控え、スポーツへの関心が高まる中、企業内でのスポーツも盛んになっています。そのひとつが「社内運動会」です。経費削減やワークライフバランスの観点から、バブル崩壊後は廃止の動きが強まっていたものが、2010年ごろから復活させる企業が相次いでいます。また近年は企業内にとどまらず、スポーツイベントや競技会への参加を通して地域や他企業との交流やビジネスにつなげるケースも出てきています。

社内運動会の復活

上司と部下、部署の壁を超えて社員が一緒に汗を流し競い合う社内運動会。社員の体力づくりや親睦を深めるイベントとして昭和の日本企業でおなじみでしたが、平成に入りバブル崩壊に伴う経費削減やプライベートの時間を重んじる風潮により多くの企業で廃止されました。

これが一転して復活し始めたのが2010年ごろです。事業の効率化やIT化によって、社員同士が必ずしも電話をしたり対面したりせずとも業務を進めやすくなった反面、社内のコミュニケーションが希薄になることによる弊害も指摘されるようになりました。そんななか、風通しの良い職場は、社員の結束力を高めて会社の生産性を上げるうえでも重要との考えから、対策の一環としてIT企業やベンチャー企業などで、社内運動会を開催する会社が現れるようになったのです。

運動会によってコミュニケーションや結束力の向上を狙う動きは、大企業にも広がりました。デンソー、博報堂DYグループ、三越伊勢丹ホールディングス、三菱UFJフィナンシャル・グループやみずほ銀行なども約20年ぶりの再開または初開催に踏み切っています。

コーポレートゲームズの東京大会(11月3、4日)の告知(公式サイトより:アゴラ編集部)

オリンピックブームが企業横断的なイベントへの発展を後押し

近年は、社内にとどまらず企業の枠を超えた大規模スポーツイベントに参加する企業も増えています。8歳から120歳まで誰でも参加できるイベント「コーポレートゲームズ」は、綱引きや大縄跳びのような運動会らしい競技のほか、マラソンやフットサル、野球、バスケットボールなどにもエントリー可能。スポンサーとして建設業や警備会社などが参画する一方で、幅広い業種から同僚や取引先の社員で結成したチームで参加する姿も目立ち、参加者の7割以上が企業からといいます。

企業がスポーツに積極的に関わる背景には、2年後に迫るオリンピック・パラリンピックの存在も欠かせません。チャリティーマラソンなどのランニングイベントがそのひとつです。マラソンは、2007年に始まった東京マラソンをきっかけにブームになりましたが、2012年を頭打ちにランナー人口が減少を続けています。

しかし2014年にオリンピック・パラリンピックの東京開催が決定したことで、再び関心が高まっています。知的障害のある人のスポーツを通して社会参加をサポートする競技会「スペシャルオリンピックス」の関連イベントである「エールラン」には、近年多数の企業が協賛するとともに、企業内のランニングクラブや有志が集まってのエントリーも増えています。

参考記事:「マラソン大会ウォーズ ~激化する市民ランナー獲得競争」(NHKクローズアップ現代+)

働き世代の運動不足解消は業績向上にも効果あり?

こうした運動会やスポーツイベントがかつての企業運動会と異なるのは、会社のトップダウンというよりは任意参加した有志間での「楽しかった」という声から徐々に参加者が増えていったこと、そしてその効果として従業員同士の一体感の強化、企業の垣根を超えた人的ネットワークづくりなどに、企業側が注目している点です。

4月に開催された“スポフェス イン 沖縄”に参加したAIGグループの社員(AIG提供)

国内でAIG損保などを展開するAIG (アメリカン・インターナショナル・グループ)では、日本全国各地にあるグループ会社や支社などから従業員が参加し、社員交流やチーム・ビルディングに役立てています。もちろん、その結果としての生産性や業績の向上も視野にあるはずです。

また、企業横断的に多数の参加者や観衆が参加するスポーツイベントは、他業種との協働など新たなビジネス展開のきっかけにもなりそうです。イベントは首都圏だけでなく全国で行われますから、地域活性につながる経済効果も期待できます。

そもそも運動やスポーツによる社員の健康増進は、企業の生産力を高めるうえでも重要です。30~50代の働き盛り世代は運動不足といわれますが、スポーツ庁の調査によると運動不足を感じている人の割合は30~50代でいずれも8割を超えています。週1回以上スポーツをしている人も30%台にとどまっており、全世代での平均42.5%を下回っています。

参照リンク:平成30年度「スポーツエールカンパニー」の申請受付について(スポーツ庁)

従業員の運動不足に対する会社のリスク管理

しかし身体活動の不足は、肥満や生活習慣病を発症する危険因子になることが数多くの研究から指摘されています。WHOは身体活動の不足は高血圧、喫煙、高血糖に次いで、全世界の死亡に対する危険因子と位置付けています。運動不足は単に太る原因になるばかりでなく、個人の健康と生産性をおびやかす重大な問題でもあるのです。これらを受けて、厚生労働省は運動習慣のある人の割合を2022年度までに10%アップさせる目標を掲げています。

出典: 健康づくりのための身体活動基準 2013(厚生労働省)

ただ、運動不足は個人の努力だけで解決できる問題でもありません。自動車の運転やデスクワークが中心の職種では、労働時間中の多くを座ったままで過ごしがちです。厚生労働省によると、脳血管・心疾患を原因とした労災請求の件数は輸送・機械運転従事者が全体の20%を占めており、他業種を大幅に上回っています。企業側もリスク管理の観点から、従業員が職場で体を動かせる環境を整えることが求められるでしょう。

出典:平成29年度「過労死等の労災補償状況」(厚生労働省)

その点、会社として運動会という形で体を動かす機会をもうけることで意識付けの効果も期待できそうです。法人向けの弁当宅配サービスを展開するスターフェスティバルは、これまで交流のあるITベンチャー企業と合同で社内運動会を開催。参加した社員から「久しぶりに身体を動かしてみて、普段から運動することを意識し始めた」と感想があったそうです。

社内運動会で縄跳び(スターフェスティバル提供)

健康はブランディングにも役立つ

企業として従業員の運動やスポーツを促す取り組みを、ブランディングに活用できるしくみも始まっています。スポーツ庁は2017年から、社員の健康増進のためにスポーツの実施に向けた積極的な取り組みを行っている企業を「スポーツエールカンパニー」(英語名称:Sports Yell Company)として認定しています。初年度である2017年度には、朝礼時の体操やストレッチ、徒歩や自転車での通勤のほか、スポーツイベントや企業運動会に参加した217社が認定されました。

この制度は、認定企業の取り組みを広く周知することで、「他企業への横展開を促し、ビジネスパーソンのスポーツ実施率の向上を目指す」のはもちろん、「従業員の健康管理を考え戦略的に取り組んでいる企業の社会的評価の向上を図る」ことを狙っています。従業員が健康で高いパフォーマンスをあげることは、社内の生産力だけでなく、市場における企業の評価を高めるとも考えられています。企業運動会も、社内の健康増進や組織づくりにとどまらず、マクロなビジネス戦略の手法になりつつあるわけです。

ワークライフバランスや働き方改革の機運が高まるなかで、従業員の健康管理は人的資本を確保するうえでも必須になりつつあります。それは従業員個人が会社に対してロイヤリティを維持する意味だけでなく、社会的にブラック企業の烙印を押されるリスクを回避する意味でも極めて重要です。企業運動会はじめ、会社ぐるみでの運動やスポーツが再評価されているのも、従業員ひとりひとりに健康づくりの機会を与え、人的資本を強化するだけでなく、「健康的な会社」という社会認知につながる有効なシンボルとなるからなのかもしれません。

オリンピック・パラリンピックに向けてスポーツへの関心が高まるいま、再燃した企業運動会のブームは、しばらく続くのではないでしょうか。

加藤 梨里(かとう りり)
ファイナンシャルプランナー(CFP®)、マネーステップオフィス代表取締役
保険会社、信託銀行を経て、ファイナンシャルプランナー会社にてマネーのご相談、セミナー講師などを経験。2014年に独立し「マネーステップオフィス」を設立。専門は保険、ライフプラン、節約、資産運用など。慶應義塾大学スポーツ医学研究センター研究員として健康増進について研究活動を行っており、認知症予防、介護予防の観点からのライフプランの考え方、健康管理を兼ねた家計管理、健康経営に関わるコンサルティングも行う。マネーステップオフィス公式サイト


この記事は、AIGとアゴラ編集部によるコラボ企画『転ばぬ先のチエ』の編集記事です。

『転ばぬ先のチエ』は、国内外の経済・金融問題をとりあげながら、個人の日常生活からビジネスシーンにおける「リスク」を考える上で、有益な情報や視点を提供すべく、中立的な立場で専門家の発信を行います。編集責任はアゴラ編集部が担い、必要に応じてAIGから専門的知見や情報提供を受けて制作しています。