目にも止まらないスピードの取引(HFT)による株式市場や債券市場への影響とその限界

株価指数先物30周年記念シンポジウムにおける日銀の黒田総裁の基調講演において、HFTに関しての指摘があった。日銀のサイトにアップされた黒田総裁の講演要旨から見てみたい。

「東京証券取引所の株式市場においては、2010年1月に稼働したアローヘッドと呼ばれる新取引システムにより、1000分の1秒という、人間の能力ではとても追い付かないスピードで注文処理を行うことが可能となりました。こうした技術革新を背景に、自動化されたアルゴリズムに従って、きわめて高速・高頻度で小口売買を繰り返す取引、いわゆるHFT(High Frequency Trading)を行うプレイヤーのプレゼンスが高まっています。」(日銀のサイトの講演要旨より)

はっきり言って私は目に見えないようなスピードで先物が取引されることには反対である。金融市場は人と人が競い合って価格を形成すべきものと思っている。しかし、そんなことは言えなくなっているのがご時世であり、すでにHFTのシェアは米国では5割程度、欧州は4割程度に達しているとされる。東京証券取引所の株式市場において、コロケーションエリアからの約定件数は4割程度を占めているとされる。

ちなみに、債券先物の場合は現物債の取引が外部から見づらく、業者間取引も取引所では日本相互証券で行っていることで、裁定取引なども難しく、さらにかなりドメスティックな市場であるため、HFTは入りづらいとされていた、しかし近年、債券先物でも頻繁に取引されるようになってきたそうである。

黒田総裁は市場流動性の向上などHFTの利点を述べるとともに、次のようにも述べている。

「一方、アルゴリズムが想定しないような急激なショックが生じた場合において、HFTは市場流動性の供給を不安定化させ、むしろボラティリティの拡大を助長するとの見方があるのも事実です。さらに、アルゴリズムのヒューマンエラーなどをきっかけに、合理性を欠いた取引が大量に実行されてしまうリスクを懸念する声も聞かれます。」(日銀のサイトの講演要旨より)

今回は株価指数先物の講演であるものの、HFTについては債券先物も同様のことが言える。その上でそれでは、7月31日の債券先物が日銀の金融政策決定会合の結果を受けて大きく債券先物が反発したのは何故なのか。翌日から再び下げたのは何故だったのか。

31日の債券先物の動きはHFTのように思えた。これはAIが決定会合の声明文のタイトル「強力な金融緩和継続のための枠組み強化」と政策金利のフォワードガイダンスも導入したことで、追加緩和と勘違いしたためではなかったのか。しかし、実は柔軟化であったとの見方で再び売られたとしたら、アルゴリズムが想定できなかった事例とはなるまいか。

AIがどれだけ進化しようとも、集団で形成される市場心理の移り変わりまで読み込んで、的確な取引が出来るようになるとは思えない。金融市場では将棋のように勝ち負けがはっきりするものではない。市場参加者が何をみているのかで材料が買わり、材料の比重も常に変化し、その結果として市場価格が乱高下する。年末の日経平均やドル円の居所を当てたとしても、そこに至る過程まで見通せるわけではない。つまりAIを使おうが市場で勝てるとは限らない。いち早くニュースを捉え、わずかなスピードの優位性で利益を獲得することは技術的に可能でも、そのニュースが市場でどのように理解されるのかまで予測することも難しい。


編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2018年9月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。