「週刊新潮」の取材を受けました メディアと向き合う姿勢について

2018年10月07日 11:30

週末は必ず、娘とデート。様々な光景を見せたい。父子で出かける間に、妻にゆっくりしてもらいたいという意図もある。なんせ、イケメン×美女なので。ショッピングモールで声をかけられることもよくある。今日はこれから横浜ドライブデートなのだが、きっと沢山の人に声をかけられるのだろう。


それはそうと、本日、「週刊新潮」から取材依頼を頂いた。まだ掲載前の号なので、詳細は書かないが、専門分野に関連して。

私は「新潮45」問題について、院内集会まで開くほど、批判の急先鋒に立っているのにも関わらず、マイクを向けて頂いた有り難い。社員記者で、大変に丁寧な取材だった。電話は苦手で、苛立ってしまうこともよくあるのだが、ストレスのない、ナイスな取材だった。

新潮社および「新潮45」に対する憤激は燎原の火の如く燃え上がっており、怒りと反発の直撃をうけて同社の経営陣は顔面蒼白だ。もっとも、この不可解な突然の休刊もまた、不誠実であり。所詮、文芸ビジネスを守るための保身にも見えてしまう。

まあ、言いたいことは沢山あり、様々なかたちで発信してきたが、これはこれ。社会問題に対して声をあげたいし、伝えたいことがあったので、「週刊新潮」の取材をお受けした。まあ、大新潮社様から執筆依頼というのはなかなかないのだけど、今後、依頼があったら受けるつもりだ。

物事には様々な抗議の方法がある。それは個々人が何を良しとするかによるだろう。ただ、私は杉田水脈への脅迫や新潮社の看板への落書きは犯罪であり、最もやってはいけないことであり。新潮社の書籍の不買運動もナンセンスだと思っている。作品や著者に罪はないからだ。同社を追い詰めることにはつながるが。

「週刊新潮」の今回、コメント依頼された特集も、内容や記者の姿勢やスキルを信頼し、お受けした。声を届けるチャンスだからだ。

なお、元広報担当者としての、私のメディアからの取材依頼に対するスタンスは・・・。

1.「頼まれごとは、試されごと」依頼された取材は、ストライクゾーン広めで受ける(最も、明らかに専門外であることや、立場上、発言するべきことではないことは発言しない 例えば、私は今、絶対に受けない取材依頼は、他大学さんや学部を批評するものなど)。

2.謝礼がなくても受ける(なお、私は、どんな仕事でもギャラは聞かない だから先日、新聞社も絡んでいる大きめのセミナーであとでノーギャラ発覚なんていう事件もあったのだけど)。

3.掲載が未定でも受ける(取材対応の準備は、大事な勉強)。

4.原稿チェックは基本、要求しない(チェックなしでも正しく載るように、日々トレーニング)。

5.ニュアンス、事実関係が違って掲載されたら、媒体への抗議と、読者への釈明をする。

こんな感じ。要するに、スケジュールがよっぽど合わない限り、スタンスがよっぽど合わない限り、受ける。

もちろん、このスタンスには、今どきの広報や著者からは疑問を抱く人もいるからだろう。実際、友人・知人の著者からも、注意されたことはある。リスク高すぎじゃないか、とか。また、気づけば私も著者デビュー11周年で。それなりにキャリアのある人が、時にノーギャラでコメントしていたら、若い世代に光が当たらないのではないか、とも。

ただ、自分にマイクがまわってくるということは光栄なことであり。それはメディアが私の声を届けたいと思ってくれたということであり、必要とされているということであり。また、どんなメディアでも、たとえ地方紙や業界紙でも紙媒体には出る価値はいまだにある。企業、政党、官庁、自治体、経済団体などで関連記事として回覧される。微力だけど無力じゃない。いや、むしろ力を持つ。単なる部数競争、PV競争とは違う点で、世の中を少しでも動かすことに貢献することができ。

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というわけで、私なりの仕事のスタンスのようなものを共有させて頂いた。参考に、なるかな。ならないかな。どちらでもいいのだけど、私にとって大事なことは、これから娘とデートだということ。おしゃれしなくちゃ。


編集部より:この記事は常見陽平氏のブログ「陽平ドットコム~試みの水平線~」2018年10月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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常見 陽平
千葉商科大学国際教養学部専任講師

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