『日本国紀』をめぐる久野・呉座論争とは何か

2019年01月16日 06:01

ベストセラー『日本国紀』は、その売れ行きが話題になっている割には、その内容についての論争は低調だ。
その理由は、批判に対する百田尚樹氏の側からの反論が戦後史観批判の一般論や、自分が執筆にあたってとったスタンスの説明に終始して、内容についての批判にはあまり応えていないからである。

日本国紀
百田 尚樹
幻冬舎
2018-11-12

 

私も発売の直後に、かなり詳細な間違いや矛盾の指摘をアゴラに書いたが、反応は間接的なものに留まっている。普通の歴史本の著者ならば、反論なり修正なり説明が行われるはずが、作家というものは、そういうことはしないということだろうと思うし、それは予想されたことでもある。

しかし、それでは困るのは、この『日本国紀』は日本人の歴史観にかなりの影響を与えるだろうし、その内容を信じる人も多いだろうから、疑問に対する反論があるならするべきだし、修正した方が良いと思ったらするべきなのである。

もっとも、この国では、学校教育以外の場では、歴史本より歴史読み物が幅をきかせ、しばしば、歴史小説で歴史を学ぶ人が多いのである。かつて、私は、小泉元首相が、『私の本棚』(早野透)という本に収録されているインタビューで、彼がもっぱら小説を読んで歴史を学んでいると語っているのを見て、これでは、本物の歴史を学んでいる外国首脳とまともな会話も交渉もできないだろうと批判してきた。

まして、この本が、古代日本国家が渾身の力を振り絞って世界に通用する日本国家の主張をまとめた『日本書紀』を意識したものだとして『日本国紀』などという大仰なタイトルをつけたのだから、読者がそれにふさわしい正確性や客観性があると誤解することは十分に予想されるのである。このタイトルは出版社の社長がつけたということだが、だからといって、著者として自分は関わりないとはいえまい。

ぜひとも、反論するなり、修正するなりする努力を百田尚樹氏にはお願いしたいところである。それは、百田氏の力作に対する誹謗とか価値を下げるためにいうのでなく、その出版の意義を認めるからこそ、それが日本人の歴史観のなかに、好ましい一部として生かされる度合いを高め、その一方、否定的な影響を減らすために不可欠な作業であろうと思うからだ。

呉座勇一氏が朝日新聞で批判を連載

そうしたなかで、気鋭の歴史学者である呉座勇一氏が、揚げ足取りや政治的批判にとどまらないまとまった批判を朝日新聞紙上に載せ、それに対して、『日本国紀』の「監修者」である久野潤氏が電子メディアIRONNAで反論し、それに対して、呉座氏が再反論をアゴラでしてくれたことに前向きの評価をしたい。

呉座氏(上、日文研サイト)と久野氏=編集部

(久野氏)百田尚樹『日本国紀』をコンナヒトタチに批判されたくない – オピニオンサイトiRONNA

(呉座氏)『日本国紀』監修者・久野潤氏の反論に応える①
『日本国紀』監修者・久野潤氏の反論に応える②

ただ、どうもかみ合っていないというか、これまた、姿勢論の比重が大きいのが物足りない。そしてまた、外野席というか、ネット上での議論は罵詈雑言、そして何より困ることは、両者の書いてないことをあげつらうようなものが多く、せっかくのまっとうな議論を台無しにしている。

そういう私もFacebookで少し軽いコメントをし、それに呉座氏がコメントを書きこんでくれたら、そのやりとりを歪曲してネットで書かれて、それを信じる人がまたいるので、嫌だと思っている。そのあたりも含めて、議論の総括をしてみようと思う。

呉座氏の朝日新聞における批評は4回に及んでいる。そのタイトルは、以下の通りだ。
※リンク先、全文表示は会員のみ

百田氏新作、過激と言うよりは
通説と思いつきの同列やめて
足利義政のイメージは本当か
誤解生む「日本文化」の絶賛

その内容を私なりに要約すると以下のようなものだ。

①内容は意外に穏当だ。ただ、井沢元彦『逆説の日本史』の影響が強い。ただ、二人が依拠している軟弱な平安時代、立派な鎌倉武士といったようなとらえ方は現在の歴史学者はしない。

②足利義満暗殺説を百田氏がとり「研究者の中には、暗殺(毒殺)されたと見る者も少なくない」としているが、暗殺説は井沢元彦など作家だけ。学界の通説と作家の思いつきを同列に並べるのはやめてほしい。

③足利義政が東山荘の造営に逃げて政治から逃避したというが、その費用を確保するため
けっこう税を集める力を持っていた。政治権力者と文化・芸術の保護者という二つの立場は、切り離すことができない。

④政治的にはダメな平安時代に国風文化が室町時代に和風の生活文化が確立されたというが、「政治がダメでも文化は花開く」ということはないし、日本文化と中国文化を対立的に見るべきではない。

この批判は、だいたいもっともで私もほとんどの点で賛成だ。ただ、足利義満暗殺説を研究者は誰もいってないというのは少し言い過ぎなのと(中世史の専門家でないが小島 毅 『足利義満 消された日本国王』は暗殺説だ)、「政治がダメでも文化は花開く」ということはないと呉座氏はいうが、世界の歴史を見てそういうことはよくあるという点は留保したい。

監修者・久野潤氏の反論

ただ、正統派の歴史学者である呉座氏の視点は、ややその分野の学者の多数派が正しいという専門家としての自負がやや強すぎる印象はあった。

そして、そのあたりが不適切と思ったらしい久野潤氏がIRONNAで反論をすることとなった。ただし、久野氏の寄稿は、各方面から寄せられた『日本国紀』や久野氏の役割について全般にわたるもので、呉座氏への反論はごく一部に過ぎない。

「さぞかし過激な内容だろうと予想していた私は正直、拍子抜けした」と呉座氏がしたことについて、「日本人が自分の国や祖先に誇りを持てる歴史書を書こうとしたのであって、別に過激な(特異な?)歴史観で衆目を集めようとしているわけではない」とした。

これは、いってみれば、「過激な政治的プロパガンダをするつもりだった」という色眼鏡でみないでくれということだろう。

また、井沢氏との類似性については、百田氏が「自らの知見に基づいて部分的に井沢説を採りつつ論を展開するのは、百田氏の著作である以上自由であろう」としている。さらに、「学界の通説と作家の思いつきを同列に並べるのはやめてほしい」という呉座氏の意見に対して、保守派の立場から戦後史観的な通説なんぞ酷いものであり続けたことを指摘しつつ、「上から目線でいうな」ということであろう。

呉座氏とは直接にはかかわらない部分は以下の通りだ。まず、久野氏は周辺諸国の希望でねじ曲げられている日本史を、国史として取り戻す動きが始まったのが平成であり、その最後に大作家である百田尚樹氏が日本通史を書くことの意義を述べている。

そして、編集にあたった有本香氏との縁で監修の依頼を受け、非常な時間をかけて「全ページにわたって歴史的な事実関係確認をはじめ意見具申をしました。もちろん容れられたところもそうでないところもあり、監修者や協力者はそれを甘受するもの」としている。

自分の立場は、「奥付などの書誌情報上は「監修」としてクレジットされていない。ただ、自分のかかわり方として「監修」たることを、校了後の編集側とのやり取りや、本書末尾〈謝辞〉での記載も含め、改めて確認した。それで『日本国紀』について発信する際、折に触れて「監修」と称している」としている。

そして、「書籍の内容についての諸々の御指摘によって建設的な歴史論議が深まることは、著者にとっても望むところではないでしょうか」といいつつ、ネットなどで卑劣な批判がされ、とくに匿名のものがひどいと抗議した。

締めとして、久野氏は、「著者(百田)― 編集者(有本)― 監修者(久野など)の間でかなりの議論を経て生み出されたのである。各分野の研究史を踏まえた歴史のプロである監修者の指摘を受け入れず、百田史観を貫いた部分については、読者も百田氏のそれなりのこだわりを感じて読むことになろう。「学界の通説」にかなっているか否かの判断だけでなく、こうした歴史書の著者が掲げた問題意識や仮説に応えられているかを自省できる歴史学界であってほしいと、学界の末席から願う次第である」と結んでいる。

全般的にいろいろ突っ込みどころはあるが、そんな極端なものではない。しかし、それに対して呉座氏から、呉座氏に対する反論部分だけでなく、全面にわたる批判がされた。

呉座氏から井沢『逆説の日本史』との類似を批判される

呉座氏は、『日本国紀』に対する一連の批判に対し、百田氏や有本香氏が「「嫉妬」「暇人」「揚げ足取り」などと揶揄する程度で本格的な反論は行っていない」としつつ、久野潤氏が『日本国紀』批判への反論を行い、この記事の中で自分も名指しで反論されているので応答するとしたが、その内容はえらく手厳しかった。

事実誤認や記述ミスが多いとし、「小学校の夏休みの宿題ではないのだから、『どれだけがんばったか』ではなく結果が重要である」とし、細かいミスもあると指摘。「(太平洋戦争で)ベトナムとカンボジアとラオスを植民地としていたフランス」を相手取って戦った、という記述はビシー政権の了解を得て協力していたのだから事実誤認であり、久野氏は戦史研究家なのだから「致命的な錯誤である」と断じ、「このような致命的な誤りが残ったのだとしたら、久野氏は歴史研究者として己の力不足を反省すべきであって、批判者に対して匿名だの罵詈雑言だのと難癖をつけるのは筋違いであろう」と手厳しい。

井沢氏noteより

そして、『逆説の日本史』との類似性については、「同書の古代・中世パートで通説と大きく懸け離れた主張を展開している部分は、古田武彦氏の九州王朝説を除くと、井沢元彦氏の著作に大きく依拠している。百田氏の独自説というと、「百済は日本の植民地に近い存在だった」ぐらいではないだろうか」とし、①天智・天武天皇の関係のあいまいさ②怨霊信仰の強調③刀伊の入寇への対応なども実例として上げている。

その上で、「井沢氏の種々の主張には問題が多い。学界では既に過去のものとなった俗説の焼き直しか、作家的な想像力が旺盛すぎて学問的な批判に耐えない奇説が大半だからである」とし、『日本国紀』は考察過程をすっ飛ばして結論部分だけを紹介し、しかも井沢氏の名前を挙げなかったり、有力説であるかのように語ったりしていると批判する。

そして、「一見すると中立的で穏当な「日本通史の決定版」に映る。そこに陰謀論的な説明や極端な政治的主張が混ざっているから問題なのだ」「仮に『百田尚樹の痛快!日本史講義』みたいなタイトルだったら、私はわざわざ朝日新聞で批判しなかった。作家の百田氏はともかく、歴史学界に身を置く久野氏は『通史の作法』を知っているはずだ。なぜ忠告しなかったのだろうか。全く理解に苦しむ」と結んでいる。

監修者という言葉をめぐって議論しても無益だ

さて、この論争についての私の感想である。
そもそも、問題をややこしくしたのは、久野氏に「監修者」であるという位置づけを百田氏が中途半端に与えたことが話を複雑化している。私もしばしば監修を引き受けるが、その場合は、いちおう、自分の意見とあまり違うところは変更してもらう。あるいは、「」監修の言葉」のなかで、著者との見解の違いについて、その本の場合はどれほどのものか説明する。

また、監修者なら普通は奥付等でクレジットされる。ところが、『日本国紀』では、久野氏と江崎道朗、上島嘉郎、谷田川惣の四氏について「本書の監修にあたっては」「多大なるご助力をいただきました」という異例の書き方が「謝辞」のなかでされている。

このユニークなやり方が混乱の原因でもあるのだが、一方で、久野氏は実際の久野氏の役割がどのようなものだったかはIRONNAの記事でもよそでも書いているのだし、そもそも、正式の監修者というクレジットはないのだから、呉座氏が普通の意味の監修者ならこうすべきだと久野氏を批判するのは少々、厳しすぎる。

インドシナについての記述は、呉座氏の指摘の通り、『日本国紀』の記述は明白でかなり大きな誤りである。ただし、非常に複雑な状況であるので、日本軍が最後にベトナムなどをフランスからの独立へ向かって援助したとのも事実であって、呉座氏の批判ほど本質に関わるかは同情の余地がある。

さらに、「歴史学界に身を置く久野氏は「通史の作法」を知っているはずだ。なぜ忠告しなかったのだろうか。全く理解に苦しむ」というのもそこまでいうかという気はする。

百田氏に通史というのならとか、『日本国紀』とか銘打つのなら、作家としての直感の部分は、少し書き方を変えた方がいいのでないかというほうがよかっただろうが、いっても聞いてもらえなかったというだけの気がするからだ。

専門家の常識は世間の常識にあらず

井沢元彦『逆接の日本史』に対する評価については、呉座氏が朝日新聞(12月4日)やアゴラの記事(1月10日)で指摘しているのとほぼ同趣旨を、私はアゴラの記事「百田『日本国紀』は井沢『逆説の日本史』に似てる?」(11月23日)で論じている。出している例も、怨霊の問題、刀伊への対処、古代史などかなり重複している(足利義満については私が「足利義満皇位簒奪計画」を論じる前に、呉座氏がTwitterで足利義満暗殺について論じられているが隣接しているがテーマは別である)。

「井沢氏の歴史観は、しばしば、陰謀史観チックなものだ」と私は書き、呉座氏は「陰謀論的な井沢説の強い影響を感じさせる」としている。 呉座氏の朝日新聞連載の最初が「百田氏新作、過激と言うよりは」(12月4日)で、私の「百田尚樹「日本国紀」:意外に戦後史観的で韓国に甘い」(11月17日)でタイトルからして良く似た内容であることが分かる。

このあたり、気鋭の歴史学者である呉座氏と意見が一致したことは光栄だと思う。ただし、先般の池上彰氏の場合と同じで、「八幡さんの百田さんについての意見は呉座さんに似てますね」と言われるとしゃくなので記しておく。

ただ、私は井沢氏についての呉座氏の指摘はやはり厳しすぎると思う。「井沢氏の種々の主張」というのは、どの範囲を指すのだろうか。井沢氏の著作はなかなかよく調べているし、井沢氏が取り上げたのでよく知られるようになった史実も多い。

その分野の研究者からすれば常識でも、世間一般には井沢氏の連載で知られるようになったことは多い。私も自説をお知らせして、書いてもらい、お陰でよく知られるようになったこともある。

そのなかで、学界の支持を受けない部分だけをもって「井沢氏の種々の主張」と指摘しているのではないかという気もする。したがって、百田氏が井沢氏にならったところが、どこもかも「学界では既に過去のものとなった俗説の焼き直しか、作家的な想像力が旺盛すぎて学問的な批判に耐えない奇説が大半」とまでいえるとは思わない。

また、百田氏が相手にしているのは一般大衆なのであるから、読者の知識として前提にしているのは、彼らの常識である。その方面の研究者の常識ではないのだから、それを知らないからと言って勉強不足というのは酷である。学界の常識が世間の常識にするのはその方面の学者の仕事だが、世間の納得を得られないことも多い。

呉座氏の「応仁の乱」は内容も素晴らしいし、よく売れもしたが、それでも、応仁の乱についての世間の常識を覆すにはまだいたってないはずだ。

さらに、その方面の専門家の通説が、正しいとは必ずしもいえない。典型は憲法学者の7割が自衛隊は憲法違反と考えているのだが、それは、法律家全体、政治家、国民などどれをとっても少数派だ。なぜなら、専門家はある種の利益集団でもあるから、その利益のために動くことが多いからだ。東洋医学の専門家が漢方薬のほうが西洋の薬より効能が高いというのは当たり前なのだ。

全般的に、呉座氏の指摘は鋭く、おおむね正しいと思うが、現在の学界の通説が正しいので世間の人たちはそれに従うべきだという気負いがありはしまいか、ちょっと気になるところだ。

というわけで、久野氏にも呉座氏にも少し異議を唱えたが、私が両人の大ファンであることは、間違いなく、だからこそ、私の意見を言わせてもらったという趣旨と理解して、失礼をお許しいただきたい。

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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