フランスを見て消費増税を辞めたほうがよいと思った理由

有地 浩

消費税率の10%への引き上げまで、あと8か月余りとなった。しかし、私はこの引き上げは中止した方が良いと思っている。景気にマイナスの影響があるというのではない。そもそも私は消費税の増税は必要だと思っている。しかし、今回のように軽減税率を作るような増税であれば、やらない方が絶対に良いと思っている。これは日本の消費税制に百年の禍根を残すこととなるからだ。

フランスを揺るがすジレ・ジョーヌのデモ(KRIS AUS67/flickr=編集部)

今またフランスで、付加価値税(日本の消費税に相当する)の軽減税率が国民的議論の的となっている。これは黄色いベスト運動の要求の一つであり、現在食料品や医薬品等に適用されている軽減税率を衣料品などの生活必需品に拡大することや、税率をもっと引き下げて、貧困層の購買力の向上を図れというものだ。

「今また」と言ったのは、フランスをはじめ軽減税率を持っている諸国では、軽減税率の適用範囲の拡大や税率の引下げは、頻繁に政策論争の的となっているからだ。

軽減税率を支持する人たちは、軽減税率の導入や拡大は消費者の購買力を増やすので、消費増税時に景気へのマイナスの影響を和らげる効果があり、景気対策になると主張する。先週のフランスのテレビのニュースでも軽減税率の問題を取り上げていたが、軽減税率の拡大によって消費者の購買力が増えるのだから、景気にプラスの効果があるというコメンテーターの議論が紹介されていた。

しかし、欧州をはじめ世界の税制の専門家の間では、むしろ消費税の軽減税率はやめて単一税率にするべきという意見が多い。幾つか理由があるが、一つには貧困層対策として消費税に軽減税率を導入しても、軽減税率の恩恵に預かるのは貧困層だけでなく富裕層も同じであり、かつ富裕層の方が購入金額が多いため軽減税率のメリットを多く享受するといった問題がある。

また、制度が複雑になるため徴税コストが増加したり、日本でも企業の経営者から不満が出ているように標準税率のものと軽減税率のものの境界が不明確になる問題が生じたり、レジや経理システムの変更コストが負担になるほか、国にとっては税収が大幅に減るなど、デメリットが大きいからだ。デンマークでは、こうした軽減税率のデメリットを勘案して1967年の付加価値税導入時以来、単一税率(現行25%)をキープし続けている。

しかし、私はこうしたデメリットもさることながら、軽減税率の一番の問題は、これが政治に翻弄されることだと思っている。

以前私がパリの日本大使館に勤務していた時に、フランス経済財政省高官OBと消費税の単一税率と複数税率の良し悪しについて議論したことがある。私が、日本は単一税率を採用しているといったところ、その人はフランス人特有のあまのじゃく的反応だったかもしれないが、軽減税率には良い点があると主張した。

その理由は、税率が複数あると、税率の引き上げを行う場合に、その代わりとして特定の品目を軽減税率適用にすると言って、政治的な駆け引きをすることができるというものであった。しかし、私はこれには今一つ納得がいかなかった。なぜなら、いくらフランスの経済財政省がフランス政官界に影響力があると言っても、民主政治の中ではやはり増税策よりも減税策の方がパワーにおいて勝っていると思ったからだ。

論より証拠、2014年にフランス政府は、それまで7%の中間税率で課税されていた中古建物のリノベーションの税率を10%に引き上げたが、その際に省エネのための建物のリノベーションについては10%にするのではなく5.5%に引き下げる政治的妥協措置が取られた。これを昨年政府が、5.5%から本来の10%に引き上げようとした途端に、建築業界挙げての大反対に遭い、あえなく政府案は撤回せざるをえなくなったのだ。

このように軽減税率は政治的圧力によって適用範囲が拡大することはあっても、縮小させることは極めて困難だし、一旦引き下げた税率は元に戻すことは不可能に近く、その結果国庫に入る税収は減少してしまう。

日本の消費税は、今年10月から飲食料品と新聞が現行の8%のまま据え置かれて軽減税率制度が導入されるわけだが、これらの品目が標準税率の10%適用となる日は未来永劫来ないだろう。むしろ、8%の軽減税率に新たなモノやサービスを含めろという要求や、8%だけでなく5%とか3%のカテゴリーも作れと言った各種業界や政治家からの要求が今後次々に出てくることが予想される。

財務省主税局は軽減税率に関して、こうした政治的圧力とこれから半永久的に格闘し続けなくてはならないだろう。軽減税率の導入は日本の消費税制度に百年の禍根を残すことになる。だから、今回の10%への税率引き上げはやめた方が良い。

有地 浩(ありち ひろし)株式会社日本決済情報センター顧問、人間経済科学研究所 代表パートナー(財務省OB)
岡山県倉敷市出身。東京大学法学部を経て1975年大蔵省(現、財務省)入省。その後、官費留学生としてフランス国立行政学院(ENA)留学。財務省大臣官房審議官、世界銀行グループの国際金融公社東京駐在特別代表などを歴任し、2008年退官。 輸出入・港湾関連情報処理センター株式会社専務取締役、株式会社日本決済情報センター代表取締役社長を経て、2018年6月より同社顧問。著書に「フランス人の流儀」(大修館)(共著)。人間経済科学研究所サイト