「韓国化」する沖縄

池田 信夫

米軍基地の辺野古移設のための埋め立て工事の賛否を問う県民投票が、2月24日に実施される。最初は一部の市が参加しないなどもめて、「どちらでもない」を含む三択にして全市町村が参加することになったが、この県民投票には三重に法的根拠がない。

辺野古の埋め立て予定地(琉球新報より)

  1. 辺野古移設は日米の政府間協議で決定され、沖縄県も2013年に承認した
  2. その承認を取り消した沖縄県の決定は2016年に最高裁で違法とされた
  3. したがって承認を撤回する沖縄県の決定にも法的効力がない

以上の経緯は法的には明らかであり、今回の住民投票でどんな結果が出ても、辺野古の埋め立てを阻止することはできない。このように無意味な反対運動を繰り返す沖縄県民の行動は、「徴用工」問題を蒸し返す韓国人に似ている。

沖縄県は撤回の理由として「サンゴなどの環境対策が不十分だ」という理由をあげているが、これは移設の前の環境アセスメントで議論された(そのとき沖縄県も意見書を出した)問題である。「徴用工」の問題が1965年の日韓請求権協定で決定されたのと同じだ。

ところが沖縄県は「環境アセスのときはわからなかった軟弱地盤の問題が出てきた」といって承認を撤回しようとしている。これは韓国でいうと、慰安婦問題のようなものだ。地盤の問題は工事を手直しすればすむことで、埋め立てを中止する理由にはならない。

不毛な反対運動が繰り返されるのは無責任なマスコミが甘やかしているからだが、日本政府にまったく問題がなかったとはいえない。自民党政権は1951年に日米安保条約を結んだとき沖縄を適用外にし、沖縄返還のあとも「憲法の制約」を理由に日米同盟の責任から逃げてきた。沖縄に負担を押しつけて補助金でごまかし、それを政治家が食い物にしてきた。

それは韓国の「日帝36年」が、完全な虚構とはいえないのと同じだ。「日韓併合は侵略だった」という主張は国際法的には成り立たないが、民族の物語としては成り立つ。主権国家を超える決定権者はないので、物語が国際法を超えるかどうかを決めることはできない。

沖縄にも独自の物語があるのだろうが、沖縄県には日本政府の主権が及ぶので決定可能である。自民党政権がこれまで一定の譲歩をしてきたことは政治的にはやむをえないが、これ以上やると行政が麻痺してしまう。原発再稼働をめぐる住民投票も同じだ。

沖縄と韓国と原発の教訓は同じである:法を超える多重の拒否権を認めて関係者の妥協をはかると、問題はかえってこじれるということだ。人間はそれぞれ別の物語をもっているので、互いにわかりあえるとは限らない。話し合いの努力は必要だが、最後はわかりあえないことを前提にして、法的に割り切るしかない。

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