「デジタル資本主義」とは何か

2019年02月07日 14:00

「デジタル資本主義」NRI此本臣吾社長監修、森健・日戸浩之著。
デジタル化で長期構造が変化し、従来の経済指標は陳腐化し、政策の方向がズレている。
ぼくが10年以上わだかまっていること、もやもやとうまく主張できていないことを、理論やデータに基づきストレートかつ重厚に打ち出してくれた好著。

本書のポイントは、
1. 消費者余剰、総余剰が重要であること
2. 資本主義が変容し、データ主導・知識生産性社会となること
この2点を説き起こしたことです。

1. 消費者余剰について。

2010年ごろから生活者が生活レベルが向上したと感じているという調査結果を示します。
ネットで利便性が増す一方、モノの価格、流通マージンなど財・サービスのコストが下がっている。GDPは停滞し賃金は低下傾向にあるが、生活の質が豊かになったという主観の現れです。

消費者余剰が上昇し、生産者余剰が下落しています。
消費者余剰は消費者の「お買い得感」であり、生産者余剰は価格vsコスト。
本書は、この総和である「総余剰」GDSが真の付加価値であり、新しい指標となるべきと説きます。
・・強く同意します。

サーチコストやコンテンツ複製コストがゼロになる。無料のデジタルサービスは消費者余剰のみを生み出す。それは生産者余剰を圧迫します。
そして、生産者余剰は客観的な数値で弾き出されGDPに反映されるが、消費者余剰は主観によるもので、GDPに反映されません。GDPという指標が限界を見せています。

スポティファイは消費者余剰2兆円、生産者余剰600億円で、消費/生産比は33倍、という試算を本書は提示します。従来型企業は1未満なので、とんでもない数値です。MITスローンのEブリニョフルソン教授はアメリカの消費者余剰を78兆円と試算、NRAは日本に当てはめると42兆円と弾いています。

これに関し、くだんのブリニョルフソン教授が著書で「GDPの限界」について論じています。
ザ・セカンド・マシン・エイジ
以下の4ポイントです。

1)ネットで音楽は売上が4年で40%下落、経済統計からも消えたが、クオリティは上がり、人はよい音質の音楽を大量に聞くようになった。モノ・サービスが生む消費者余剰をどう計測するか。$1で買っていいモノがタダで買えるならGDPが$1減って消費者余剰が増えるが、どちらが指標として重要か。

2)値段がゼロだと生産の数値はゼロだが、無価値ではない。ネットで検索や取引などがタダでできることの生活満足度、共有経済による便益もGDPに反映されない。GDPに情報産業が占める割合は4%。これは80s後半から変わっていない。「ITが生む価値を反映していない。」

3)時間というリソースをどう計測するか。米国人がネットで使う時間は10年で2倍に。時間価値をネットに向けている。2012年、フェイスブックの利用時間はパナマ運河建設に要したマンアワーの10倍。これはGDP統計にカウントされない。

4)今後の生産は、知財、組織資本、UGC、人的資本の4つの無形資本財に依存する。しかしGDP統計では無視される。そこで、国連開発計画の人間開発指数、OECDのプロジェクトなど新しい指標づくりが模索されている。

ぼくは10年前、政府がコンテンツ政策の目標を「産業規模の拡大」に据えた時に異議を唱えました。コンテンツの生産・消費量の拡大に置くべきと。結局、日本のコンテンツ産業規模は縮小しているが、みんなが発信するコンテンツ量は何十倍も増えています。ただ、まだこうした指標は採用されていません。

それに先立ち「ポップパワープロジェクト」をスタンフォード日本センターで立ち上げた際、スタンフォード側から指標化すべきとの指摘がありました。GNPならぬGNPP(Gross National Pop Power)を作れと。ですが指標化は、うまく行きませんでした。
改めて新指標づくりが求められています。

これに関し、総務省の情報通信白書がICTの消費者余剰分析に挑戦したことがあります。
企業経営に警鐘を鳴らす情報通信白書2016

白書は「ICTの価値は企業側と消費者側それぞれにもたらされるが、企業側は最終的にGDPの増加等として既存統計でとらえられるのに対し、消費者側は既存統計でとらえられていない部分(非貨幣的価値)がある」とし、①消費者余剰、②時間の節約、③情報資産(レビュー等)に着目して分析しました。

①音楽・動画視聴サービスを事例に年間の消費者余剰額を推計すると合計でおよそ1097億円。
②時間の節約について、ネットショッピングでは1回あたり40分~1時間程度の節約になった。
③ネットショッピングでは、8割以上の利用者がレビューによって購入する商品を決定した経験がある。

消費者余剰はもっと大きい、という気はしますが、まずはこれに取り組んだ姿勢を認めたい。この分析を厚くし、精度を高めていくことは、世界的な貢献となると考えます。ぼくは白書編集委員としてその試みを強く推奨しました。

消費者余剰や総余剰をGDPや経済成長主義に替えて重視する意見はごく一部で囁かれることであり、本書のように有力なセクターから正面切って打ち出されたのは画期的だと考えます。
このための本格的な調査研究を国際的に進めることを期待します。

(つづく)


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2019年2月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。

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