塾主催者が教える「受験でケアレスミスを減らす」方法

田村 和広

いよいよ国公立大学入学試験のクライマックス

小学校、中学校、そして高校と、通算12年にわたる自己研鑽もいよいよ総仕上げのときがきた。全ての受験生の善戦を願い、「ケアレスミス」を減らす方法をお伝えしたい。ボーダーライン前後では、ミス1つが合否を分ける。試験直前の今は、「長期の練習は不要で、読むだけで効果がある方策」のみを述べて行く。(以下、理数系を想定しながら説明するが、文科系にも有効だ。)

それはケアレスミスか

試験で簡単な問題を間違えることはよくある。テストが返却されると点数に一喜一憂する一方、心が痛む失点の「現場検証」は行わない。解き直しを行い残念なミスに気が付いた人も、「これはケアレスミスだ。次は慎重にやろう」と精神面の反省のみに終わる。しかし、進路に影響を与える試験において、人は注意散漫(careless)になれるのだろうか。慎重(careful)になればミスは防げるのだろうか。

入試で「ケアレスミス」はあり得ない

もちろん入試本番でも、難問ばかりではなく簡単な問題でもミスは起きる。だが入試ほどの真剣勝負の場で起こすそれは、ケアレスミス(make a careless mistake)ではない。

「ケアレスミス」だと認識しているエラーのほとんどは、起こるべくして起こった「必然のミス」である。言葉の黒魔術で「ケアレスミス」ということにしているのである。「本当の自分は得点できた」として、不安な自分を欺いているだけである。実際には、日々の勉強の中で自分に対して罠を仕掛け、試験当日自分でそれに嵌ったというのがそのミスの実相だ。ミスを減らす第一歩は、この現実を直視することである。

では、どのような仕組みで自分への罠を設置してしまうのだろうか。

なぜ、試験中にミスが起きるのか

原因は二つ考えられる。

一つは、ワーキングメモリ(≒短期記憶、一時記憶)がオーバーフロー(overflow:あふれる)を起こすからである。両手で卵を持つ場合、普通なら7つまで持てる人でも、緊張で震える手では7つは持てなくなる。それを自覚せずいつも通り7つ持とうとすれば、いくつかの卵を落としてしまう。試験においてミスが生まれるとき、情報処理に関してこの卵と同じことが脳内で起きている。

ワーキングメモリとは、情報と作業に関する短期記憶で、「作業机」にも喩えられる能力である。保持できるのは短時間で、容量は小さく、個人差は大きくないとされ、数字ならば7±2個程度しか覚えられないという。

例えば、一時的に7桁の電話番号を暗記しておき、それによって電話をかけられるのもこの短期記憶の能力である。数字のような情報のほか、加減乗除と言った演算処理の情報もここに蓄えられるとされる。

もう一つの原因は、焦りと油断だ。時間節約や得点最大化を意識するせいで、簡単な処理ほど焦り侮りながらおこなってしまうからである。

以下二つの原因を説明する。

原因1:プレッシャーの影響で、短期記憶の容量が低下

この短期記憶の容量は、心理状態による変動が大きい。不安だったりプレッシャーが大きかったりすると、反比例的に一時記憶の容量が低下する。恐怖のあまり「頭が真っ白になった」、「何も考えられなくなった」というあの状態である。

例えば、リラックスした状態ではワーキングメモリ容量が7つの人がいるとする。この人が2桁の数と2桁の数を暗算で足しあわせる作業では、容量7つのうち6つを使うとすると、容量としては1つ余裕がある。そこで符合処理も同時に行うと、合計で限度一杯の7つまで容量を使うが、ぎりぎり溢れない。

そのため、普段の勉強の際、ルーティンワークとして計算は1行で2演算(マルチタスク)を行う習慣を身に付けてもミスは起きない。時間が節約できるので能力が上がった気がする。このマルチタスク習慣こそが罠である。

試験本番では、プレッシャーでワーキングメモリ容量が低下する。仮に7つから5つになり2つ小さくなったとする。習慣通りに2演算を暗算しようとすると容量7つを必要とする一方、実際は5つしか使えないので憶えるべき情報が2つ溢れてしまう。このとき、情報を憶えきれなくてエラーが発生するのである。

原因2:時間節約などの焦りで作業への集中度が低下

試験では、「1点でも多く取りたい」という心理状態が起きやすい。不安だからである。一方、出題者側は、やや時間が不足するように難易度と量を設定する。皆が時間内に全問解答できる試験では、点数に差がつかないので優劣をつけにくいからである。

そのため受験生は、不足気味の時間をどう管理するかも含めた総合力を問われることとなる。

このとき、自分にとって簡単な問題から解いて行くのが常道で、簡単だから「これは素早く片付けて、後の問題のための時間を確保しよう」と考えてしまいがちだ。特に最初に得意な計算問題から入ったりすると、普段以上に「高速暗算」で処理してしまう。

こうなると、最初に式を転記するときに「次の作業は何か」と先を読んだり、計算最終行の簡単な移項処理のところで「こんな簡単な処理で時間をとられたくない、はやく片付けなくては」と焦ったりしてしまう。

このとき手元の「簡単だが大切な作業」への集中度が低下し、心の焦点が別の何かに移ってしまう。その結果、簡単な問題でエラーを起こし「ケアレスミス」をしたと感じるのである。「簡単に見える問題」が罠となり、式変形の作業や解答作法を軽んじる心が罠に嵌るのである。

なぜ「ケアレスミス」として間違った自己暗示をしてしまうのか

本人は、慣熟した習慣に従って計算しているので、能力を超えた計算だとは気が付かない。平常時に解き直しをしても、プレッシャーがないのでワーキングメモリは容量7つに回復している。結果、原因が自分では分析把握できず「なんでこんな簡単な計算をミスったのだろう? ケアレスミスだな。」としか感じられない。

実相と背馳する言葉を使って、「必然のミス」を「ケアレスミス」と言い、自分さえもだましてしまう理由は、自分の現状を正視するのがこわいからである。あるいは自分の力以上の得点を取って合格したいという我欲に取りつかれているからである。

不安から目を背け、自分だけ得をしたいという精神が、逆に自分の力を減損してしまう。このことに気付くのがミスを撲滅するための第一歩だ。気がつけば、心の平安を取り戻し、本来の実力を発揮できるだろう。

どうすれば残念なミスを撲滅できるのか

今からでも間に合う、ミスを減らす考え方と作業心得を挙げる。納得できるものだけ取り込むと役に立つだろう。

ミスを減らす考え方

  1. 高得点への欲望は捨てる。合格に必要な点を取ればよい。
  2. 解ける問題だけを解く。時間は解ける問題にだけ使う。
  3. ミスは必ず出る。見直して見つければよい。
  4. 解くことだけに集中し、結果の予測は絶対しない。

ミスを減らす作業心得

  1. 目で処理しない。暗算しない。記述で外化・整理しながら進行する。
  2. 途中で検算をはさむ。特に第一行目の転記と最終行の移項はただちに確認する。
  3. マイナス符号の処理は、最高難度の計算。
  4. 計算一行一演算。例えば±符号処理と約分を同時に暗算しない。
  5. 簡単な演算ほど安全速度で徐行。
  6. 計算力の究極は、計算しないで済ます知恵。

試験会場で助けてくれるのは、あなた自身の心である。

受験生各位のご成功を祈念する。

田村 和広 算数数学の個別指導塾「アルファ算数教室」主催
1968年生まれ。1992年東京大学卒。証券会社勤務の後、上場企業広報部長、CFOを経て独立。