安倍政権は「社会主義2.0」のパイオニア

池田 信夫

Wikipedia、官邸サイトより:編集部

最近、MMT(Modern Monetary Theory)という理論がアメリカで話題になっている。かつてはそれをトンデモ経済学として嘲笑していたクルーグマンも、それをまじめに検討している。これは単なるアカデミックな話題ではなく、日本の財政を考える上でも重要である。

MMTの元祖とされるのはアバ・ラーナーで、彼の内国債は将来世代の負担にならないという議論は、今も使われることがある。国内の資源は、国債発行で増えも減りもしない。政府の借金は国債を買った人の資産なので、国債が将来世代に相続されるなら国民全体としてはプラマイゼロだ。

債権=債務なので、これは会計的にはつねに正しいが、自分の意思で国債を買う人は利益を得る一方、強制的に課税される人は不利益をこうむる。所得分配にも大きな変化が生じるが、現在世代にも将来世代にも納税者と債権者がいるので、国民全体としては同じだ。

国債をすべて償還する必要もない。名目金利が名目成長率より低ければ政府債務は発散しないので、国債を借り換えれば増税しなくてもいい。もちろん永遠に借り換えることはできないが、償還が100年後なら大した問題ではない。

ただクルーグマンも指摘するように、MMTの議論は金利を無視している。政府債務が大きくなると金利が上がり、インフレが起こる。最悪の場合はそれによって債務の雪ダルマ的な膨張が起こるので、政府債務には限度がある――というのが(彼を含む)主流派の議論である。

これは理論的には正しいが、政府が金利をコントロールできれば財政は破綻しない、とMMTの代表であるケルトンは反論している。彼らの理論では中央銀行は不要で、政府が金利も物価もコントロールできることになっている。

アメリカ民主党左派の政治家は、「大きな政府」の財源は紙幣を印刷すればいいというMMTに魅力を感じている。ヨーロッパではギリシャやイタリアに対して緊縮財政を要求したEUへの批判が強まり、世界的に「反緊縮」の運動が高まっている。これは20世紀の社会主義とは違う社会主義2.0である。

そのパイオニアが安倍首相だ。2012年に彼が「輪転機ぐるぐる」を唱えたときは、多くの人が金利上昇と財政破綻を危惧したが、金利はその後も下がる一方だ。黒田日銀の「異次元緩和」は金融政策としてはナンセンスだったが、日銀が国債を引き受けて増発を容易にする財政ファイナンスとしては機能した。これが安倍政権の最大の(意図せざる)イノベーションである。

超低金利が今後も世界的に続くとすれば、財政が破綻するリスクはほとんどなく、将来世代の負担も小さい。自然利子率が大きなマイナスになっているとすれば、財政赤字によって将来世代も利益を得る可能性がある、と主流派のブランシャールも指摘している。

しかしMMTは超低金利を前提するだけで、それを説明できない。この状況は先進国の成熟や高齢化による長期停滞なのか、それとも世界金融危機後の大幅な金融緩和による一時的な現象なのか。これについては主流派の経済学者の意見もわかれているが、ここ20年の日本の経験は前者であることを示唆している。