政治家は「先生」ではない

2019年04月07日 06:00

市議会議員の敬称を公式の場では「市議」、普段は「さん」とすべき理由

皆さんは、先生と聞くと何を連想しますか。

真っ先に思いつくのは学校の先生でしょう。その他、医師や博士課程を修了した、いわゆる「ドクター」と呼ばれる人の敬称、あたりではないでしょうか。

以上の属性の職業に共通しているのは、通常受けない特殊で専門的な知識を習得し、またその知識を間違った方向に使わないような倫理もあわせて学ぶこと。さらに、それらを身につけた「先生」は、身に付いた知識と倫理を基に、「先生以外」の人たちに対して、あるときは教え、あるときは施術することにあります。

その意味で、私たちはだれかを「先生」と呼ぶとき、尊敬の念とあわせ「特殊な知識と倫理を習得した人」として、一定の距離感をもって接することになります。

また、私たちが人を「先生」と呼ぶとき、学校教育時代の習慣から、どうしてもその人との間に「上と下」の関係性を前提とした「見えない壁」ができあがっています。

「代表」ではあっても、「先生」ではない「議員」という仕事

さて、市議会議員を含む政治家を、先生と呼ぶ人がいます。

政治家は「代表」ではあっても「先生」ではありません。市民からの投票によって選ばれ、市政をチェックし、あるときは政策提案するのが市議会議員。その市議会議員の生活の糧となる市税を払い、彼らに「市民の声」を届け、彼らの仕事をチェックするのが市民です。その意味では、市議会議員と市民はイーブンの関係です。

まして、市議会議員の仕事は「市民の声を汲み、市政に活かすこと」です。「先生」などと呼ばれ、市民から一定の距離感をもたれ、上下の関係性ができてしまっては、本来の仕事に差し障りがあるばかりで益することは何もありません。

人の集まりの代表が「先生」ならば、会社の社長や自治会の会長も「先生」でしょう。

選挙によって選ばれる人が「先生」ならば、学生時代の生徒会長も「先生」と呼ぶように教育すべきでしょう。

それらに違和感を覚えるのは、それがおかしいことであると同時に、やはり益することが何もないからです。

とても気になるのは、政治家を「先生」と呼ぶ違和感から、「センセイ」とカタカナの敬称をつけることで、その習慣が政治家の侮蔑や嗤いの道具となっていることです。小さなことのようですが、政治家を「先生」と呼ぶ奇妙な習慣が、私たちの政治不信の一因になっているともいえるのです。

まとめ

以上から、市議会議員の敬称は、公式の場では「市議」、普段の呼称は「さん」とすべきです。

全国にさきがけて、条例として議案にあげることも視野に活動します。

些細なことのようですが、佐倉市の、ひいては日本全国の、市民と政治家の「みえない壁」を取り払うかどうか、という意味で、とても重要な一歩だと思っています。

高橋 富人
佐倉市生まれ、佐倉市育ち。國學院大學法学部卒。リクルート「じゃらん事業部」にて広告業務に携わり、後に経済産業省の外郭団体である独立行政法人情報処理推進機構(IPA)で広報を担当。2018年9月末、退職。
出版を主業種とする任意団体「欅通信舎」代表。著書に「地方議会議員の選び方」などがある。

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