【訂正】「男系男子」の天皇に合理的根拠はない

2019年05月05日 06:10

新天皇の即位で、皇室典範に定める「男系男子」の皇位継承者は3人になり、「皇室の危機」が論じられている。普通に考えれば皇室典範を改正して愛子様が継承できるようにすればいいのだが、それに反対する(安倍首相を含む)人々がいる。その顔ぶれは、かつて「生前退位」に反対した人々と重なっている。


この話は論理が破綻している。男系男子は「権威と権力を分ける日本独特のシステム」ではなく、権威と権力が一体化した中国から輸入したものだ。それは皇帝の血統を受け継がない男子を後継者から排除し、王家の分裂抗争を防いで権威と権力の一体性を守る制度として、それなりの合理性があった。

しかし皇室には中世以降は実権がなくなったので、血統の純粋性を守る意味はなく、皇室にも本気で男系を守る気はなかった。それは日本に宦官がいなかったことでも明らかだ。現実にはDNAが天皇家の「男系」ではない天皇がかなりいたと思われるが、皇統譜では例外なく男系で継承してきたことになっている。それは神武天皇と同じく、神話にすぎないのだ。

平清盛にも徳川家康にも「天皇になる野望」はなかった。なろうと思えば(中国のように)天皇家を廃して自分が天皇になればよかったが、日本では天皇家の権威と将軍の権力が分離していたので、なる必要がなかったのだ。

古代の家系は女系だった。それは天照大神が女神だったことでも明らかだ。山折哲雄氏によれば、雄略・欽明・皇極・天智・天武・持統天皇には性別の記述もない。天皇はそういう身体性を超える「記号」だったからだ。

日本で大事なのは「血」ではなく「家」の継承だから、婿入りも多かった。平安時代の天皇は「藤原家の婿」として藤原家に住んでいた。藤原家は外戚として実質的な権力を行使できたので、天皇になる必要はなかった。

歴代天皇(時計回りに今上天皇、上皇、明治、大正、昭和)=宮内庁サイト、Wikipedia:編集部

江戸時代には天皇には権威も権力もなくなったが、天皇家を世界に比類なき王家とする水戸学の自民族中心主義が長州藩士の「尊王攘夷」に受け継がれた。それが明治時代にプロイセンから輸入された絶対君主と融合したのが、明治憲法の「万世一系」の天皇だった。

天皇を男系男子と定める皇室典範は明治憲法と一体で制定され、天皇を権威と権力の一体化した主権者とするもので、古来のミカドのようにゆるやかな「みこし」とはまったく違う近代の制度だった。それは日本人の精神構造に根づかなかったため意思決定は混乱し、日本を破滅に導いた。

安倍首相を初めとする保守派には、明治以降の制度を古来の伝統と取り違えるバイアスが強いが、男系男子は日本独自の伝統ではなく、合理性もない。それは明治天皇までは側室がいたので維持可能だったが、一夫一婦制では選択肢が狭まってゆくばかりだ。

訂正:八幡さんから抗議があったが、「男系男子は権威と権力を分ける日本独特のシステム」というのは八幡さんの意見ではなく、take4という人物のコメントをネット民が混同したものらしい。いずれにせよこの話は破綻しており、男系男子が「日本2000年の伝統」だというのは迷信である。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 学術博士(慶應義塾大学)

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