研究費欠乏の韓国日本研究者論文と「日韓知識人声明」

2019年07月20日 06:00

16日の中央日報に「言葉では知日・克日も…ソウル大日本研究所支援まで中断」との記事が載った。韓国に「10余りの大学に日本・日本学研究所があるが、歴史・文学・言語研究に集中し」、「政府側にもまともな日本研究組織がない」ので「ここほど総合的、組織的に日本を研究する機関がない」そうだ。

同所は「2004年にソウル大内の日本専門家が集まって設立」後に10億ウォンの基金を受け、2008年に人文韓国事業に選ばれ、10年間「毎年8億ウォンの事業費」を受けてきた。が、期限切れの昨年8月以来支援がない一方、「最近、日本研究者らは青瓦台、政府、メディアから引っ張りだこ」とのこと。

また、中国研究や米国研究と違って、日本研究の場合は日本の政府や企業の支援を「研究者が避ける」と。「純粋性に対する論議を呼ぶ」というのがその理由で、以前、「三菱がソウル大日本研究所に研究費支援の意向を明らかにしたことがある」が、「研究所が断った」との所長談を載せている。

大法院判決に伴う三菱重工の在韓資産現金化が話題だが、2000年に釜山で始まったこの裁判に、当時の弁護士だった文在寅が大きな役割を果たした事実は、今や多くの者が知るところだ。この三菱の支援申し出も裁判に関係してのことだったのだろうか。

南基正氏(KBS WORLD Radioより引用)

この記事に触れたのは同所の「知日派」教授の南基正(ナム・キジョン)氏の論文について書こうと思ったからだ。同所には授業を持たずに日本研究をする専任教授が6人と国際大学院に所属する「知日派」教授3人がいて、他大学にいた南教授は「研究に専念できるため、職級を落として副教授として合流」したそうだ。

論文の題は「戦後日韓関係の展開-冷戦、ナショナリズム、リーダシップの相互作用-」。筆者はこの論文を4年前にネットで読んで以来ずっと「みなみもとまさ」という日本人大学院生のものと思っていた。東北大法学研究科の「GEMCジャーナル」2012年3月号に載っていたからだ。が、「ナム・キジョン」という歴とした韓国の大学教授だった。

論文の「まとめ」を要約してその論旨を紹介する。

1.東アジアの国際体制と日韓関係の展開との相関関係

戦後の東アジアには冷戦というグローバルな国際体制の下、帝国主義体制の残存と朝鮮戦争休戦体制が存在し、日韓関係もそれに影響された。冷戦前から帝国主義体制を払拭できないまま、現在も日韓関係に「帝国―植民地関係」の再現をみることができる。休戦体制下の両国関係は「基地―戦場関係」をもって展開した。朝鮮戦争が休戦のまま続く限り、このような特徴は簡単に消え去らないだろう。

2.日韓両国の国内政治と日韓関係の相関性

戦後韓国の政治は19 世紀末に失敗した民族国家樹立の課題完遂を目標にし、それはナショナリズムの高揚を動力としていた。韓国がナショナリズムを追求する中で「自主化」に重きをおく政権が登場すると日韓はギクシャクし、「近代化」を推し進める政権が登場すると緊密になった。日本では日米安保に対するスタンスが国内政治の一つの軸となっていたが、日米安保に積極的なグループは韓国の分断志向の政権に接近し、これに批判的なグループは韓国の統一志向の動きに連動していた。

3.政治家のリーダシップ

金大中政権はグローバルな脱冷戦の動きに呼応して東アジア休戦体制の収束を試み、北朝鮮と日本への同時和解を試みた。2003 年の第一回六者協議の開催は、日韓関係の変化が国際関係の変容を促した始めての事例であり、国際環境に日韓関係が拘束されてきた歴史を裏返した。2010 年は韓国併合の1910 年から100 年目の年だったが、帝国植民地関係の清算を訴える動きが活発化した。

些か金大中を持ち上げ過ぎるのが気になるものの、さすがに日本研究が専門の学者らしいと思いつつ読み進んだ。が、最後に上記の部分に続けて次に記述が出てきた。

日韓知識人声明がその代表例で、声明は併合条約が「韓国国民の意思に反して」強制されたことを明確に指摘し、日本の帝国主義的行動を批判した。2010 年の8月に出された菅直人首相の談話は、従軍慰安婦問題についての言及がないなどとして、韓国側からその物足りなさを指摘する声もあったが、東アジアにおける帝国主義克服の課題に取り組んだものとして評価できよう。

2010年5月の「日韓知識人声明」(以下、「声明」)を「清算を訴える動き」とし、菅首相談話をも評価している。が、これはとうてい首肯しがたい。「声明」は和田春樹らを発起人に大江健三郎や姜尚中や高木健一ら日本側百余名、韓国側が李泰鎭ソウル大敎授や高光憲ハンギョレ新聞社長らを発起人に学者ら百余名が名を連ねている。そしてこの声明が2012年5月24日の韓国大法院判決に多大なヒントを提供した。

以下に「声明」の一部を引く。太字は筆者

両国の歴史家は、日本による韓国併合が長期にわたる日本の侵略、数次にわたる日本軍の占領、王后の殺害と国王・政府要人への脅迫、そして朝鮮の人々の抵抗の圧殺の結果実現されたものであることを明らかにしている。…伊藤博文は…日本軍の力を背景に、威嚇と懐柔をおりまぜながら、1905年11月18日、外交権を剥奪する第二次日韓協約を結ばせた。…義兵運動が高まったが日本は軍隊、憲兵、警察の力で弾圧し1910年の韓国併合に進んだのである。 …韓国併合は、この国の皇帝から民衆までの激しい抗議を軍隊の力で押しつぶして実現された、文字通りの帝国主義の行為であり、不義不正の行為である。

力によって民族の意志を踏みにじった併合の歴史的真実は、平等な両者の自発的な合意によって、韓国皇帝が日本に国権の譲与を申し出て、日本の天皇がそれをうけとって、韓国併合に同意したという神話によって覆い隠されている。前文も偽りであり、条約本文も偽りである。条約締結の手続き、形式にも重大な欠点と欠陥が見いだされる。 かくして韓国併合にいたる過程が不義不当であると同様に、韓国併合条約も不義不当である。

大法院判決が2年前の「声明」に強く影響されているのは明らかだ。が、第二次日韓協約と日韓併合条約を国際法上合法とみるか違法とみるかには鋭い対立がある。筆者は「文在寅大統領よ、もうとっくに司法介入しているぞ!」で、2002年6月に米国で開かれた「第3回韓国併合再検討国際会議」で李泰鎭敎授の主張が欧米の国際法学者らに退けられたことを紹介した。

だが、「声明」は上述に続けて「いまや日本でも新しい正義感の風を受けて、侵略と併合、植民地支配の歴史を根本的に反省する時がきている」などと述べる。「清算を訴える」のではなく、「韓国の主張にのみ加担」する「動き」以外の何ものでもない。

南教授は「声明」は加わっていないようだし、論文には次のようななるほどと思う記述があって勉強になる。

韓国の国内政治が日韓関係に及ぼした影響が大きかった….多くの場合、韓国が先にアクションを起こし、日本は受身の立場で日韓関係を調律したという点に起因する。….韓国は学生革命、軍事クーデター、大統領の暗殺などによる政治変動が激しく、前政権に代わって登場した新政権は悉く対日政策の是正を掲げ国民の支持を得ようとした。従って、韓国の政権交代をひとつの区切りとして日韓関係の時期区分を試みることは不自然ではない。

だが、予備知識なしに南論文の最後の部分や「声明」を読めば、そこに書いてあることを鵜呑みにしてしまうことだろう。できるだけ沢山の文献や意見に接してバランスを取ることが必要だ。そしてこのソウル大日本研究所への韓国政府の支援、どうなるか興味深いが「引っ張りだこ」ならきっと復活するのだろう。

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。

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