5月2日の朝鮮日報は「強制徴用:韓国外相『資産売却は国民の権利行使、政府は介入せず』」との見出し記事を報じた。
記事によれば、いわゆる徴用工判決に関連して日本企業の韓国内資産の売却手続きが進んでいることについて、康京和外交部長官がこう明言したという。(太字は筆者)
司法判断を尊重するという次元を超え、歴史と人権という問題の下で被害者が納得できる、被害者の癒やしとなる方策が重要
韓国国民の権利行使の手続きという観点から、政府が介入することではないと考える
一方、文大統領は5月2日に青瓦台で行われた識者との懇談で、日本との関係について次のように述べたと朝鮮日報が別記事で報じている、
極めて良い外交関係を発展させていくべきだと思う。安全保障のためにも必要で、経済、未来発展のあらゆることのためにも日本と良い関係を結ばなければならない
最近は日本がそのような(韓日関係の)問題を国内政治に利用し、問題を増幅させている傾向があるようで非常に残念だ
大統領と外務大臣が揃いも揃って自分の都合だけで物をいい、この問題を政治問題でないというのには呆れて椅子から転げ落ちそうになる。「政府が介入することではない」のではなくて「司法が介入することではない」のだし、むしろ韓国政府はこの問題を「政治案件として処理し、事を治めるべきだった」のではなかろうか。
振り返ればこの訴訟の原点ともいえる1965年の「日韓基本条約」と「韓国との請求権・経済協力協定」自体がそもそも政治的な妥協の産物であったことは、今日多くの者が知るところとなっている。一例を挙げれば基本条約第二条の「旧条約無効条項」だ。
それは1910年8月22日以前に大韓民国と大日本帝国との間で締結された条約と協定を「already null and void」(もはや無効)としている条項だ。韓国側は1910年の日韓併合条約を含むそれ以前の条約と協定を締結時点に遡及して無効と解釈したのに対し、日本側は韓国が独立した1948年8月15日を以って失効したと解釈した。
こういうのを政治的妥協といわずして何といおう。日韓併合を不法なこととして消し去りたい韓国とそれを合法として譲らない日本、この両国が政治的妥協をして14年間に及んだ交渉を取りまとめたのだ。それを半世紀も経って司法の場に持ち出すとは、なんと異常なことだろう。
日本の最高裁ならこのような極めて政治色の強い事案の判断は「統治行為論」で避けた可能性がある。日米安保条約の合憲性を争った「砂川事件」や衆院解散の有効性を争った「苫米地事件」がこれに当たるとされる。『日本国憲法論』(嵯峨野書院)は「苫米地事件」の判例を次のように引いている。
直接国家統治の基本に関する高度の政治性のある国家行為のごときは、たとえそれが法律上の争訟となり、これに対する有効無効の判断が法律上可能である場合であっても、かかる国家行為は裁判所の審査権の外にあり、その判断は主権者たる国民に対して政治的に責任を負うところの政府、国会等の政治部門の判断にまかされ、最終的には国民の政治判断に委ねられているものと解すべきである。
しかも日韓併合の合法性は既に学問的に勝負が付いている。それは2002年6月に米国マサチューセッツで開かれた「第3回韓国併合再検討国際会議」に参加した木村幹神戸大教授のネットで公開されている参加記に明らかだ。結論をいえば、韓国側の歴史学者が主張した日韓併合無効論が欧米の国際法学者や日本の歴史学者によって退けられた。
だのに韓国がこの問題をここまでにしてしまった要因はなんだろうか。最も多くの者が納得のいくその理由は、いわゆる徴用工訴訟の嚆矢となった2000年5月の三菱重工業訴訟の原告側の弁護人の一人が弁護士時代の文大統領だったことではあるまいか。
東亜日報は2018年12月3日付で「三菱強制徴用訴訟、文大統領が2000年に初めて提起」との見出しでこのことを報道した。その中に次のような一説がある。
文大統領がこの訴訟と縁ができたのは2000年当時、三菱重工業の連絡事務所が釜山にあり、この会社を相手にした訴訟も、釜山地方裁判所に提起されたためだ。最高裁事件の照会システムによると、当時の法律事務所「釜山」の代表弁護士だった文大統領は2000年5月2日、原告側代理人の一人として直接訴訟委任状を提出した。この法律事務所に一緒に身を置いた金外淑法制処長も、文大統領と一緒に訴訟代理人として名を載せた。文大統領は2006年11月15日、訴訟代理人の解任書を提出するまでこの裁判に関わった。
文大統領が自ら始めた訴訟、高等法院経験者からの登用が慣例の大法院長官に一地方裁判所長に過ぎない子飼いを抜擢したことや、前朴槿恵政権当時の大法院長官をこれらの判決を遅らせたとの廉で逮捕したことで、文大統領がこれを思惑通り進めるためにその地位を利用した疑いが極めて濃厚ではないか。これを司法への政治の介入といわず何といおう。
今からでも良い、文大統領よ、良い日韓外交関係に発展させたいと思うなら、さらに一生懸命司法に介入せよ。
高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。