市議会議員が「意見書」に感じる2つの憂鬱

2019年07月26日 06:00

市議会議員の仕事は、一言でいえば、市民の声を反映した市政を実現することです。他方、地方議会には、国会または関係行政庁に、意見書を提出する権利があります。つまり、国政にかかわることについても、市民県民の代表により構成される地方議会が、「意見書」を通じて物申すことができるのです。

市議会が意見書を国などに提出するには、議会で当該意見書が可決されることが求められます。

この「意見書」を検討することについては、私は大きく二つの理由から憂鬱な気持ちになります。

ほとんど効力をもたないことの憂鬱

平成23年、名古屋市議会から、「意見書等に対する誠実な処理に関する意見書【PDF:60KB】」という意見書が、衆参両議院、総理大臣、総務大臣に送られました。

これは、せっかく提出した意見書が、国でどう扱われているかわからないし、意見書に対してどんな検討がなされたのか報告をもらえていないので、せめてしっかり報告してください、という要望でした。

同様の趣旨の意見書は他の地方自治体からも提出されているようですが、皮肉なことにそれらの意見書についても、国は「慣例どおり」特に対応していないようです。

他方、国の立場になってみればこれはある意味無理もないことで、47都道府県と1741市区町村のそれぞれが、議会ごとに複数提出してくる意見書すべてに丁寧に対応していたら、仕事になりません。また、意見書の法的根拠である地方自治法99条は、地方自治体からの提出権を認めているだけで、国に対応の義務を課しているわけではありません。そのため、国は意見書を事実上平積み・塩漬けにしている、という話を聴いたことがあります。

確かに、意見書を提出する過程で課題を顕在化させ、市民の声を喚起し、うねりを作り出すことに意味がある、というご意見があるのは承知しています。また、そもそも法的に認められた権利なのだから、利用しない手はない、ということもそのとおりではあります。

しかし、もし「課題を顕在化させ、うねりを作り出す」ことが目的なのであれば、国に対して意見書を提出するのではなく、メディアやブログやチラシを通じてしっかりと市民国民に意見を伝えたほうが、よほど効果があるのではないでしょうか。

「塩漬けがけしからん」というのもそのとおりですが、先のとおり事実上「対応不可能」な件について状況を改善させようとする努力は、徒労であるように感じます。

以上の点から、意見書にまったく意味がないとは言いませんが、現状では「かける労力に対して圧倒的に効果がうすい」と思います。

国政のプロではないのに短期間で賛否を表明せざるをえない憂鬱

佐倉市議会では、意見書の内容はたいてい議会の直前、あるいは最中に、議員に配られます。ちなみに、直近の2019年6月の議会で審議された意見書は合計9つ、内3つの意見書が可決されました。

細かい内訳はこちらのページを確認いただくとして、たとえば公明党が提出した「信頼される政府統計を目指してさらなる統計改革を求める意見書」は、昨今おきた毎月勤労統計調査に係る不正調査案件など、本来しっかりしていないといけない統計調査がずさんだから、総点検してちゃんとやってください、というもので、「まったくごもっとも」な内容だと考えました。こういう点をしっかり突いて国に多少なりともプレッシャーをかけるのはよいことだろうと考え、私は賛成しました。

一方、共産党が提出した「国民健康保険への国庫負担の増額を求める意見書」などには、相当頭を悩ませました。議員はたいてい国民健康保険加入者ですから、もし国庫負担の増額が決定されれば、正直とてもありがたいです。

さらに、子どもなど家族が多い世帯ほど保険料が高くなる「均等割」が国保にだけあるという問題も「確かに」と思わされました。国が言うところの「相互扶助」という考え方もわからなくはないですが、子どもの頭数が保険料に跳ね返ってきてしまうのでは、「国民健康保険加入者は、子どもをたくさん作るな」と言っているようなものです。

しかし、国も手をもこまねいていたわけではなく、国保に対して平成27年度と30年度に1700億円づつ、合計3400億円を投入し、低所得世帯の均等割りに対する軽減措置などに手当しています。また、本意見書にある1兆円の財源についても、今後高齢化が加速していく背景がある中、雪だるま式に増え続ける費用を支え切れるのか、という視点をもって考えなければなりません。

さて、以上から私が出した結論は、この意見書に「反対」しました。ちなみに、この意見書は私が賛成しようが反対しようが、圧倒的多数で「否決」されました。しかし、私が出した「反対」という結論については、現時点でも悩み続けています。

言い訳になるかもしれませんが、市議会議員である私が、短期間に「国政について」集められる情報には限りがあります。その中で、たとえば上記の「国保」について、どのような思考プロセスで「反対」したか、というと

  • 長年プロとして保険行政に携わってきた厚労省の優秀なスタッフが積み上げ
  • 国民の負託を受けた国会議員の過半数が「賛成」して運営している仕事である以上
  • 検討時間、知見、判断材料も限られている市議会議員たる私は、「反対」をすることには慎重になるべき

というものです。

国民市民にとって有利になる意見書であれば、ポピュリズム的発想から「賛成」をしたくなります。しかし、上記のとおり自分に十分な知見がない意見書については、特に国の政策に「反対」する内容であった場合、基本的に慎重なスタンスを取り続けます。

ここまで読んでいただければおわかりかと思いますが、私は「共産党が出したから」とか「自民党が出したから」という理由で賛否表明をしません。たとえば今回の議会で共産党が出して否決された「日米地位協定の見直しを求める意見書」については、以前から自分なりの考えを持っていますので賛成しました(むしろ、右派陣営がそろって反対したことに心底驚いています。会派拘束、おそるべし)。

しかし、そもそも「意見書」の効力に大いに疑問を持っている私としては、これだけ必死になって考えることに、心底憂鬱になるのです。

高橋 富人
佐倉市議会議員。佐倉市生まれ、佐倉市育ち。國學院大學法学部卒。リクルート「じゃらん事業部」にて広告業務に携わり、後に経済産業省の外郭団体である独立行政法人情報処理推進機構(IPA)で広報を担当。2018年9月末、退職。
出版を主業種とする任意団体「欅通信舎」代表。著書に「地方議会議員の選び方」などがある。

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