なぜ日銀は悩むのか?

岡本 裕明

黒田日銀総裁は顔にこそ出さないものの相当悩んでいると私は思っています。昨日の日銀の定例の金融政策決定会合では現状維持を7対2で決定した上でそのステートメントで「物価目標に向けたモメンタムが損なわれる恐れが高まる場合は『ちゅうちょなく追加的な金融緩和措置を講じる』との文言を新たに追加」(ブルームバーグ)とあります。

(黒田日銀総裁 7月金融政策決定会合 日銀HPから:編集部)

(黒田日銀総裁 7月金融政策決定会合 日銀HPから:編集部)

私の違和感は「物価目標」であります。正直、黒田氏が総裁に就任してから一度も目標に達していないだけでなく、その達成時期もたびたび延期しています。結局、今年の物価見通しも本年を1.2%に下方修正、来年度は1.6%となっています。2%が目標でしたから遠い感じがします。

来年度がポンと跳ね上がっているのはオリンピック開催に伴う消費の一時的盛り上がりを見込んでいるのかもしれません。ただ、通常、オリンピックそれ自体の景気というのは局地的なもので割と広がりはありません。むしろ、オリンピックは入場チケット数という枠がある上にそれが理由で海外からの訪日客が観光時期をずらす傾向もみられるため、思ったほど数字が伸びないものなのです。

個人的には来年1.6%の物価上昇は手が届かない目標だとみています。不動産市況が緩くなってきており、企業の景況も冴えないことを考えれば下方修正は必至とみています。

金利が通常レベルにあるならばともかく、ほぼ下限を這いつくばう状態の中、技巧的手法による金融政策の物価コントロールは功を奏していません。にもかわらず「追加的金融緩和を辞さず」というのはもはや物価調整は大義名分であり、円の通貨防衛であるとみています。明日、アメリカで開催されるFOMCでは10年ぶりの利下げが実現されると見られています。また、欧州中央銀行も金融緩和姿勢で臨んでいます。トランプ大統領はドル安にするためにツィッターで吠えていますが、ドル安というよりドル独歩高を阻止するという防戦にあります。

アメリカが今時金利を下げる理由などあまりないと私はこのブログで何度か申し上げてきました。ようやく、一部の機関投資家や巨大ファンドのトップたちが「今は下げるべきではない」と言い始めているのは世界の中で見るアメリカ経済は「強すぎる」状態にあるからでしょう。

なぜここまで強くなったかといえば資本と人材と支配という三つの武器を持ち合わせているからで世界経済がアンバランスな状態にあるとも言えます。

そんな中、アメリカが利上げをすればドル独歩高がさらに進む、さりとて、利下げをすればアメリカ経済が更に強まるというジレンマに陥っているというのが私の見る今の世界経済の情勢であります。

日銀の金融政策の目的は物価と労働市場の調整という名目があります。ただし、世界経済がここまでリンクしてくるとそれが為替に大きく影響するという副作用が発生します。そして中央銀行は言葉にこそしませんが、今や、副作用対策が本質的な問題になっているとも言えます。

なぜなら為替によって国家の経済力は大きく左右され、自国通貨を比較的安めに誘導すれば輸出ドライブが効き、結果として雇用が改善し、国内経済が活性化、物価も上昇するというシナリオが描けるのです。

ならばいっそのこと、リブラ通貨で政府紙幣の影響力を下げよという毒舌すら吐きたくなります。

日銀の今のスタンスで行くと円は買われる方向にあります。購買力平価を考えても中期100円割れは妥当なところかもしれません。日本人が北米でまともなホテルにすら泊まることができない物価なのは為替レートそのものがおかしいか、アメリカの経済力だけが一人旅を続け、我々がはるかに引き離された、という課題を抱えているかのどちらかでしょう。

極めて難しい問題です。もう一歩突っ込んでいけば金融政策による経済調整機能の限界に達してきている可能性はあるのかもしれません。経済政策主導型をもっと取り込むべきで日銀に全てを背負わせる時代はもう終わっているかもしれません。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2019年7月31日の記事より転載させていただきました。