独ハレで銃乱射:極右過激派に漂う焦燥と「終末感」

2019年10月12日 11:30

旧東独ザクセン=アンハルト州のハレ(Halle)で9日正午ごろ、27歳のドイツ人、シュテファン・Bが機関銃や爆弾で武装し、ユダヤ教のシナゴーク(会堂)を襲撃したが、シナゴークの戸を壊すことが出来ず、会堂内に侵入できなかったために、シナゴーク内の銃乱射事件は未然に防げた。ただし、犯行計画を遂行できなかったBは怒りから路上を歩いていた女性とインビス店で食事中の男性を殺害した。

ハレのシナゴークを訪ねたゼーホーファー独内相(2019年10月10日、独連邦内務省公式サイトから)

ハレのシナゴーク襲撃事件は、今年3月15日、ニュージランド(NZ)のクライストチャーチで発生したイスラム教寺院襲撃事件を想起させる。NZの事件では犯人ブレントン・タラントは半自動小銃などで金曜礼拝中のイスラム教徒に向かって乱射し、50人のイスラム教徒を殺害し、多数に重軽傷を負わせた。

NZ事件とハレの事件には酷似している点が多い。①NZ事件ではイスラム教徒にとって1週間で最も大切な「金曜礼拝」中だった。ハレのシナゴークではユダヤ人の最も重要な祝日「贖罪の日」が行われ、70人以上のユダヤ人が集まっていた(両者とも宗教的行事が行われていた時)、②前者の犯人は28歳で白人主義者。ハレの容疑者は27歳で反ユダヤ主義者、③両者とも自身の犯行をビデオで録音し、マニフェストを表明、④合法的に武器を入手している。

もう一点、看過できない共通点がある。両者とも「今、何かしなければ大変だ」といった焦燥感と強迫感にとらわれていたことだ。ハレの事件を中継していたドイツ民間放送で1人の犯罪専門家が「彼らは一種の終末感に動かされている」と指摘していた。

ハレのB容疑者は「最も悪いのはユダヤ人だ」と口走り、ユダヤ人の抹殺を画策。NZの犯人は「このままではイスラム教徒に世界を牛耳られる」といった強迫感があった。NZのタラントはフランスの作家ルノー・カミュの著書「大置換」の影響を受け、オスマン・トルコの北上に抵抗したキリスト教圏の英雄たちに強い関心をもち、2、3の騎士たちの名前をクライストチャーチの銃乱射事件で使用した半自動小銃に書き込んでいたほどだ(「NZ銃乱射容疑者が欧州極右に寄付」2019年3月28日参考)。

米国テキサスで起きた銃乱射事件の犯人も同様だった。米南部テキサス州エルパソのショッピングモールで今年8月4日未明、21歳の白人、パトリック・クルシウス容疑者が半自動小銃を乱射し、20人が死亡、26人が負傷した。クルシウス容疑者は、犯行直前にヒスパニック系移民への憎悪を記した声明をインターネットに出し、「1人でも多くのヒスパニックを殺したい」と叫んでいた。

彼らは「このままでは我々は追放されてしまう」という思いが深まり、自宅にあった武器を取り出し、自国に侵入してきた異邦人の殺害に乗り出したというわけだ。他の仲間やグループと緩やかなつながりはあったが、3者とも犯行は基本的には単独犯だった(「文在寅、米独の憎悪犯罪から学べ」2019年8月6日参考)。

NZとテキサス、ハレの銃乱射事件の前には、アンネシュ・ブレイビクが2011年7月22日、ノルウェーの首都オスロの政府庁舎前の爆弾テロと郊外のウトヤ島の銃乱射事件で計77人を殺害した。当時32歳の容疑者の大量殺人事件はノルウェーばかりか、欧州の政界に大きな波紋を投じた。ブレイビクは犯行前、1516頁に及ぶ「欧州の独立宣言」マニフェストを公表し、欧州のキリスト教社会をイスラム教の北上から守る十字軍の騎士を気取っていた(「オスロの容疑者の『思考世界』」2011年7月26日参考)。

ブレイビク、タラント、クルシウス、そしてシュテファン・Bはいずれも焦燥感に悩まされ、「今何かしなければならない」という強迫感から犯行に及んだが、「焦燥感」と「犯行」を結び付けたのが彼らが感じていた「終末感」だったのではないか。

それでは、彼らを動かした「終末」とは本来何を意味するのか。「終末」といえば、新約聖書「ヨハネの黙示論」を読むと、人類を審判する日の到来、天地異変が起き、人類が滅ぶといったイメージ(アポカリプス)が直ぐに浮かんでくるが、「終末」は、悪が支配する世界が終わり、神が統治する時の到来を意味する。善と悪の交差する時だ。その意味で、「終末」は人類の終わりではなく、再出発の時を迎える、という“善き知らせ”を意味する。

旧約聖書「創世記」で神はノアの時代、悪魔に支配された人類を大洪水で滅ぼして、ノアの家庭を中心に再創造する話が記述されている。その後、神は「私は2度と人類を滅ぼさない」と約束され、その印として虹を見せている。

オスロ、NZ、米テキサス、そしてハレの犯行には外的には「拡大する異教徒の侵入からキリスト教徒を守る」といった宗教的な思いが込められ、本人たちもそれに言及しているが、彼らの「終末」には神も悪も大きな役割を演じず、現状を打開できない閉塞感を外的な暴力で破壊行為を繰り返すだけに終わった。彼らは自身の内から突き上げてくる閉塞感に抗することができなかっただけだ。

彼らは結局、“似非終末”に操られただけではなかったか。ハレのシナゴークを襲撃したシュテファン・Bは会堂の戸を破壊できずに、当初の計画を遂行できないと分かると、「自分は敗北者だ」(Ich bin ein Loser)と叫んだという。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年10月12日の記事に一部加筆。

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