神父の独身制見直し:公会議「既婚男性の聖職叙階」を提言

2019年10月28日 11:30

ローマ・カトリック教会総本山、バチカンで3週間、開催されてきたアマゾン公会議は26日夜(現地時間)、最終文書〈30頁)を公表した。賛成128票、反対41票で採択された最終文書は5章から構成され、牧会、文化、生態的回心などのテーマごとにまとめられている。

最終文書を採択したアマゾン公会議の風景(バチカン・ニュースのHPから)

その中で注目されるのは、「遠隔地やアマゾン地域のように聖職者不足で教会の儀式が実施できない教会では、司教たちが(相応しい)既婚男性の聖職叙階を認めることを提言する」と明記されていることだ。

ただし、同提言は聖職者の独身制廃止を目指すものではなく、聖職者不足を解消するための現実的な対策の印象は歪めない。実際、最終文書では「聖職者の独身制は神の贈物」と改めて強調する一方、「多様な聖職者は教会の統一を削ぐものではない」と説明している。

アマゾン公会議ではアマゾン地域の熱帯林の保護、アマゾンの原住民の権利保護などが話し合われてきた。その議題の中に女性聖職者の容認、既婚男性の聖職叙階問題が含まれ、集中的に話し合われた。

Wir schatzen den Zolibat als Gabe Gottes“, heist es (111), „und wir beten um viele Berufungen zum zolibataren Priestertum.“ Allerdings: rechtmasige Unterschiede schadigten die Einheit der Kirche nicht, sondern dienten ihr, wie auch die Vielfalt der existierenden Riten und Disziplinen bezeuge. Deshalb schlage man angesichts des Priestermangels vor, Kriterien zu erstellen, „um geeignete und von der Gemeinde anerkannte Manner zu Priestern zu weihen, die ein fruchtbares standiges Diakonat innehaben.(バチカン・ニュース独語電子版)

アマゾン公会議の提言が世界に12億人の信者を有するローマ・カトリック教会全てに波及するわけではないが、欧米教会の改革派を鼓舞し、独身制廃止への要求が一層高まることは必至だ。アマゾン公会議の既婚男性の「聖職叙階」提言は聖職者の独身制廃止への第一弾と受け取られ、独身制が近い将来、廃止されるのではないか、といった期待の声が既に聞かれる(欧米教会では家庭を持っている常任助祭が聖職を代理行使する場合があるが、アマゾン地域の教会では助祭制度が定着していない)。

バチカン法王庁のナンバー2、国務長官のピエトロ・パロリン枢機卿はイタリアの日刊紙イル・ ファット・クオティディアーノ(Il Fatto Quotidiano)とのインタビューの中で、「聖職者の独身制について疑問を呈することはできるが、独身制の急激な変化は期待すべきではない。教会の教義は生き生きとしたオルガニズムだ。成長し、発展するものだ」と述べ、「教会の独身制は使徒時代の伝統だ」と指摘、独身制の早急な廃止論には釘を刺したことがある。

それでは、独身制に神学的な背景があるかというと、事実はまったく逆だ。旧約聖書「創世記」を読めば、神は自身の似姿に人を創造され、アダムとエバを創造された。その後、彼らに「生めよ、ふえよ、地に満ちよ」(第1章28節)と祝福している。独身制は明らかに神の創造計画に反しているわけだ。野生動物学のアンタール・フェステチクス教授は、「カトリック教会の独身制は神の創造を侮辱するものだ」と言い切っている。

ちなみに、キリスト教史を振り返ると、1651年のオスナブリュクの公会議の報告の中で、当時の多くの聖職者たちは特定の女性と内縁関係を結んでいたことが明らかになっている。カトリック教会の現行の独身制は1139年の第2ラテラン公会議に遡る。聖職者に子供が生まれれば、遺産相続問題が生じる。それを回避し、教会の財産を保護する経済的理由があったという。

ローマ・カトリック教会の聖職者の独身制は教義(ドグマ)ではない。「イエスがそうあったように」、イエスの弟子たちは結婚せずに聖職に励むことが教会の伝統と受け取られてきた。近代神学の権威者、前法王べネディクト16世は、「聖職者の独身制は教義ではない。伝統だ」とはっきりと述べている。

生前退位したべネディクト16世の後継法王、南米出身のフランシスコ法王は就任以来、独身制の見直しを示唆してきたが、バチカン内の保守派の抵抗もあって貫徹できずにきた。アマゾン公会議では「礼拝を主礼する神父がいなければ、信者たちの教会離れを加速させる」という南米教会の危機感が浮き彫りにされたわけだ。

聖職を捨て結婚した元カトリック神父のマーティン・ダイニンガ―氏は、カトリック教会の聖職者独身制については、「聖職者の存在形式を独身制で拘束することは間違いだ。各個人は本来その良心の声に従って生き方を決定すべきであり、神父や修道女が良心に耳を傾けて、自身を解放することを願っている」と述べ、「私は昔、良心を通じて神を感じてきたが、今は妻を通じて神を感じている。その感覚は良心を通じて感じるより以上に激しく、強いものだ。それは驚きであった。私はもはや1人で神の前に出て行くのではなく、妻と共に神の前に出て行く。結婚という絆で、神は私により近い存在となった」と証言していた(「元神父ダイニンガー氏が選んだ人生」2019年9月10日参考)。

聖職者の未成年者への性的虐待への対策をテーマに「世界司教会議議長会議(通称「アンチ性犯罪会議」)が今年2月、フランシスコ法王の掛け声で開催されたばかりだ。そして10月、アマゾン公会議では既婚男性の聖職叙階について話し合われたわけだ。両者は密接な関係があることは一目瞭然だ。

なお、公会議は話し合うが、決定はしない。最終決定はローマ法王の手にあるからだ。フランシスコ法王は年内にもアマゾン公会議の最終文書について最終的な立場を表明する予定だ。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年10月28日の記事に一部加筆。

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