ヤフー・LINE統合:ニュース市場の寡占と“媚韓”は杞憂か

新田 哲史

ヤフーとLINEが2020年10月に経営統合することが18日、正式に発表された。先行き暗い日本市場から世界に打って出て、GAFAに対抗するには合理的であり、基本的には評価している。

握手をかわすヤフー川邊社長、LINE出澤社長(NHKニュースより引用)

特に、関係者がSNSで強調していたように、「日本・アジアから世界をリードする AI テックカンパニー」(資料より)をめざす上では、R&Dへの投資が不可欠だ。ところがGAFAや中国勢と見比べても、売上高が1ケタ違いなら、R&D投資は2ケタも差がある。当面は1000億円(※訂正 15時35分)投資する方針ということで、まずは中国勢に追いつくところからだろう。

記者発表資料(10P)より

さてビジネス面から両社の統合を論評するのは、凡百の経済メディアに任せる。筆者が興味あるのは、自分のテリトリーである政治とメディアから見たときの懸案だ。(※本稿、3400字余で少し長いです)

独禁法はクリア?菅官房長官のコメントにきのうは注目

まずは政治(行政)だが、統合の一報当初から独禁法との兼ね合いは取りざたされていた。そのあたりは一昨日の日経新聞が丁寧に取材しており、非常に参考になる。

ヤフーとLINE統合、独禁法の壁は?:日本経済新聞(※リンクは電子版会員)

日経の取材では、M&Aに詳しい弁護士たちの

「今回、公取委は統合をそのまま認めるにしても、認めないにしても相当な理論武装が必要。難しい審査になりそうだ」(池田毅弁護士)

といった声や

「直接的な競合関係にあると見られるサービスは少ない。どの市場での競争環境に影響するのかを見極めるのが大変」(多田敏明弁護士)

などの見方を紹介。統合による潜在的な脅威について事前に見極めたり、当局側が規制したりすることが困難なのが実情といい、しかも過剰な規制で成長機会を奪う「角を矯めて牛を殺す」状態にしないことも重要。プレスリリースで「許認可の遅延リスク」に言及はあるものの(30P)、これは形式的なものだろうから、明確な規制理由がないとあっては、統合に支障はないだろう。

仮にロビイング力に長けた楽天あたりが、当局に働きかけて待ったをかけると一悶着あるかもしれないが、攻め手を見つけるのは難しいのではないか。当然、ヤフー、LINE側も元政治家を含めたロビイングのプロは擁しているので、当局から事前の根回しで手応えは得ているはずだ。

その点、最後は政権の動きに注目だが、昨日の菅官房長官の記者会見を見る限りは、独禁法の問題については「公正取引委員会において、適切に判断されるものだ」と、事実上、静観しているようにもみえる。

ただ、菅官房長官は、デジタル・プラットフォーマー取引透明化法案などのルール化についてもすかさず言及した(関連記事:官房長官、ヤフー・LINE経営統合「デジタル市場のルール整備、着実に実行」:日本経済新聞)。

もしかしたら、ヤフー、LINEが統合を急いだのは、国の動向も影響しているかもしれない。

寡占化で言論市場もコントロール?

ビジネス面での寡占審査が問題にならないとなると、ここで個人的には懸念がある。文春オンラインでITジャーナリストの西田宗千佳氏に先に書かれてしまったが、ヤフーもLINEもニュースメディアとしてみたときに、少なくともネット上のニュースの流通市場では圧倒的な存在で「巨大寡占メディア」の誕生は危惧される。

【正式発表】ヤフー・LINE統合で誕生する「巨大寡占メディア」に危険はないか

ただ、西田氏は具体的な事象にいまひとつ踏み込んでない。ヤフーニュース、LINEニュースといまは関係ないアゴラだから自由な立場から言うべきは言おう。

念のためだが、両社の重複するサービスは当面は併存する。スマホ決済などと同じく、ヤフーニュースもLINEニュースもすぐに統合はあるまい。ただし、内情に詳しい人と意見交換すると、上層部の肝煎りで新しいメディア事業ができたときに、既存事業の方が、社内の空気を忖度して萎縮するようなこともあったという。

ヤフーはZOZOの合併時に大ニュースで各社が報じていたにも関わらず、「自社のことだから」を名目にしてトピックスに掲載せず、右はアゴラから左はハフポストまで珍しく一致して批判的に報じられた。経営統合後も、ヤフー、LINEの二大ニュースプラットフォームが自社グループのネガティブな記事は配信のみにとどめ、トピックスに掲出しないとなれば、ある種の“報道管制”になりかねない。

かつて、ライブドア事件の時にライブドアニュースがトピックスに「ホリエモン逮捕か?」などの自社にネガティブな記事を掲出し、社内の物議を醸した。編集責任者だった田端信太郎氏(現ZOZO執行役員)が押し切った強行措置だったが(出典:『MEDIA MAKERS』)、いまのヤフーニュース編集部の姿勢は田端氏とは真逆で、社会の関心より自社の都合を優先する体質になっている。LINEニュース編集部がそうでなくても、田端氏のような“メディア野郎”が不在のなかでは、ヤフー側に忖度し、官僚的な体質に染まりはしないか。

政治報道の“偏向”、韓国に甘い姿勢への危惧

公知情報のニュースですらこの状態なのだから、オピニオン色のある政治記事などは特定の方向に偏って積極的に供給されないかも不安だ。

蓮舫氏の国籍問題のとき、日頃はオリジナル記事を多くつくらないヤフーニュース編集部が突然“参戦”し、蓮舫氏の言い分を垂れ流し、圧倒的な影響力を駆使。アゴラの追及を真っ向から否定したときの恐怖は今でも身の毛がよだつ。

今回の経営統合で、ヤフー、LINEはZホールディングス(ZHD)の下で対等合併するものの、ZHDは筆頭株主は、ソフトバンクとLINEの親会社、韓国ネイバーとの折半出資の会社になる。

記者発表資料(28P)より

ネトウヨが「韓国に日本のネットが支配されるぅ〜」と騒ぐような陰謀論に組みするつもりは毛頭ないし、孫正義氏が韓国系日本人として不世出の起業家となった業績もリスペクトしているが、しかし、緊迫する日韓関係を踏まえれば懸念もある。

ヤフーの常務でメディア担当の宮澤弦氏はかつて、日経新聞の取材に対し、役員就任時にヤフーニュースのランキングが「嫌中・嫌韓モノ」で占められていたことに“危機感”を抱いたことを明かしている。韓国に厳しい論調のメディアがその後、ヤフーニュースとの契約を切られたことを週刊ダイヤモンドに報じられたこともあり、保守系の人たちを中心に左傾化・媚韓の疑念を持たれている。

もちろん、戦時中のメディアのようにいたずらに好戦的な報道で日韓対立を煽るのは厳に慎むべきだが、しかし、各種世論調査でも韓国に厳しい意見が過去になく多数派を占め、文在寅政権に反発する素直な世論を受けた報道や論評まで「嫌韓」と切って捨てはしないか。ことさらに韓国に融和的な配信記事をトピックスに出したり、やたらに“媚韓”的な記事を書くオーサーをヤフーニュース個人やLINEニュースで積極的にプロモートしまいか。

“ビッグブラザー”に規制は必要か?

今の時点ではそうしたことは「杞憂」かもしれない。しかし、確実に言えるのは、テレビや新聞が衰退し、プラットフォームのプレゼンスがますます高まる中で、NHKや読売新聞を凌駕する“ビッグブラザー”がニュース市場に誕生することであり、しかもテレビの放送法のように「政治的公平」や「多角的な論点の提示」を求める公的規制はない。

だからといって、規制は安易にすべきでないが、業界をあげての自主ルールを設定するにも、ヤフーもLINEも、スマートニュース主導のインターネットメディア協会には参加しておらず、自主性でしかない。

経営全般については株主による監視はあるが、個々のニュース事業まで誰が物を申すのか。ジャーナリズムの窓口を担う覚悟が本当にあるのか、やはり何らかの規制は必要なのか、マスコミも含めて今後論じるべきだ。適切な問題意識を持って対処せねば、また“とどめ”をさされることになる。

新田 哲史   アゴラ編集長/株式会社ソーシャルラボ代表取締役社長
読売新聞記者、PR会社を経て2013年独立。大手から中小企業、政党、政治家の広報PRプロジェクトに参画。2015年秋、アゴラ編集長に就任。著書に『蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?』(ワニブックス)など。Twitter「@TetsuNitta」