デジタル中央銀行通貨は、民間銀行の役割見直しを迫るかもしれない

2019年12月09日 06:01

最近、デジタル中央銀行通貨(以下「デジタル通貨」)のことがテレビ、新聞などでよく取り上げられる。その発端は、中国人民銀行がデジタル人民元の発行の準備を進めており、今年中にもその発行が開始されるという報道が、今年の夏以降次々に行われたことによる。

はむぱん/写真AC(編集部)

そして今月5日にはEUが、欧州中央銀行(ECB)や加盟各国の中央銀行がデジタル通貨の発行を検討することを歓迎するという声明を出したことが報じられ、さらに同日、アメリカのムニューシン財務長官が、(中国がデジタル通貨を発行しても)アメリカとしては、向こう5年間はデジタル通貨を発行する必要はないと考えていることがニュースとなった。

これらの報道で目立つのは、中国がアフリカなどの開発途上国で銀行口座を持てない人達をデジタル人民元の世界に囲い込んで、通貨覇権をアメリカから奪ってしまう恐れがあるといった論調だ。

しかし、デジタル通貨の真の問題は通貨覇権ではない。中国としても、先月初めに周小川前中国人民銀行総裁が講演で述べたように、国際送金や海外投資にデジタル通貨を使うにはより多くの準備が必要になるし、一つの中央銀行だけで管轄できるものではないと言っている。

これは至極当たり前のことで、世界で貿易の決済に使われる通貨の量よりも資本取引に使われる通貨の量の方が圧倒的に大きくなった現代では、アメリカの国債や株式の市場のように、とてつもなく規模が大きくて様々な投資家が参加できる市場がないと基軸通貨国にはなれないのであって、中国のように資本市場がまだ不完全にしか海外に開かれていない国は、通貨をいくらデジタル化しても通貨覇権を握ることはできない。

では中国やEUがデジタル通貨の発行に前向きなのはなぜかというと、中国の場合は偽造紙幣が多いのでこれをなくすことと、中央政府による取引の監視が容易になることだと私は思っている。

もちろんキャッシュレス化が進めば経済的に無駄なコストを削減できるといったメリットもあるが、EUの場合はいざ知らず、中国は既にAlipayやWeChatPayで相当キャッシュレス化が進んでいるので、さらなる経済効率の向上はEUのデジタル通貨ほどには期待できないだろう。

ところで、わが日本銀行はデジタル通貨の研究はしているが、アメリカ同様に直ちにこれを導入する考えはないようだ。それは上記のようにデジタル通貨を発行するメリットがあまりはっきり見えてこないことと、その方式次第では実体経済に大きな影響が生じる可能性があるからだろう。大きな影響というのは、一つには紙幣に比べて偽造のコストが低くかつ大量に偽造通貨を作れることから、不正のリスクが大きいことがあるが、実はもっと経済の本質にかかわる問題がある。

日銀の「中央銀行デジタル通貨に関する法律問題研究会」の報告書によれば、デジタル通貨の方式には中央銀行が直接個人や企業にデジタル通貨を発行する直接方式と、間に銀行などの仲介機関を挟んで、個人や企業へのデジタル通貨の配分や個人や企業の間のデジタル通貨の移転の処理を仲介機関に任せる間接方式がある。

また、個人や企業がデジタル通貨専用の口座を開き、この口座間でデジタル通貨のやり取りをする口座方式と、トークン方式といって、紙幣と同じように個人や企業がデジタル通貨をお財布(ウォレット)に入れておいて、支払いの際にはそのお財布からデジタル通貨を取り出して相手のお財布に入れる方式がある。

編集部撮影

概念的にはこれらの直接方式・間接方式と口座方式・トークン方式を掛け合わせた4種類の方式があり得るわけだが、この中でも仲介機関を置かず、中央銀行が直接個人や企業とデジタル通貨のやり取りをする直接方式は、資本主義経済の重要なプレーヤーである銀行の役割を根底から問い直すものとなる。

よく使われるシンプルな例えで説明すれば、今世の中にあるお金の多くは、例えて言えば民間銀行の銀行員のペン先から生み出されたものなのだ。つまり、A銀行がB企業に1億円の融資をするとき、A銀行は自行のバランスシートの資産側にB企業への貸付金1億円を計上し、同時に負債側にB企業の預金1億円を計上する。こうして銀行員のペンによって無から1億円を生み出しているのが現代の資本主義なのだが、これが中央銀行直結のデジタル通貨になると、なくなってしまう。

たしかに、このような銀行による信用創造は時によってはバブルを生じさせ、時によっては貸し渋りによる景気の落ち込みを引き起こして来たのだから、このような機能はいらないという意見もあるだろう。しかしその一方で、民間銀行は中央銀行ではとても目が行き届かない融資先の信用力や成長力を見て、必要な資金供給を行うという有益な役割を果たしているという意見もある。

しかし他方で、バブルとバブル崩壊の繰り返しの資本主義の歴史を振り返ると、民間銀行の信用創造機能はない方が世の中は上手くいくのかもしれないし、民間銀行の目利き力なんてないも同然だという意見の人もいるだろう。

デジタル通貨の議論は、この辺りのことを根底から考え直す良い機会になるのかもしれない。

有地 浩(ありち ひろし)株式会社日本決済情報センター顧問、人間経済科学研究所 代表パートナー(財務省OB)
岡山県倉敷市出身。東京大学法学部を経て1975年大蔵省(現、財務省)入省。その後、官費留学生としてフランス国立行政学院(ENA)留学。財務省大臣官房審議官、世界銀行グループの国際金融公社東京駐在特別代表などを歴任し、2008年退官。 輸出入・港湾関連情報処理センター株式会社専務取締役、株式会社日本決済情報センター代表取締役社長を経て、2018年6月より同社顧問。著書に「フランス人の流儀」(大修館)(共著)。人間経済科学研究所サイト

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有地 浩
人間経済科学研究所 代表パートナー(財務省OB)、1級ファイナンシャルプランニング技能士、CFP®

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