投票日まで残り3週間、佳境に入った台湾の総統選と立法委員選

2019年12月21日 06:01

来年1月11日の投票日まで残り3週間となった台湾の総統選挙と立法委員(国会議員)選挙の戦いが佳境に入っている。18日には総統選挙に立候補している民進党の蔡英文現総統、国民党の韓国瑜現高雄市長、そして親民党の宋楚瑜の3候補が政見放送を行った。

政権放送に出演した候補者(左から蔡英文、宋楚瑜、韓国瑜)=中央選挙委

重要争点の対中関係で、蔡候補は、中国との交流を歓迎しつつ「一国二制度」の受け入れは「あり得ない」との従来の主張を述べた。韓候補は、自身が3月に行った香港の中国出先機関への訪問を蔡候補が批判したのに対し、総統府の陳菊秘書長なども訪中して中国高官と面会したと反撃した。

親民党党首の宋候補は、「台湾こそこの土地の主(あるじ)で、誰も台湾を売ることができない」と保守色を打ち出した。その宋候補については、産経新聞に連載中の「李登輝秘録」が20日、小笠原欣幸東京外大准教授の近著「台湾総統選挙」にある興味深い話を載せていたので、以下に要点を紹介する。

時は2000年の総統選挙、結果は引退を表明した李登輝が後継に選んだ国民党の連戦候補が民進党の陳水扁に敗れ、国民党が初めて下野したのだが、その敗因こそ、当時、国民党で台湾省長だった宋楚瑜が、李が連戦を選んだことに反発して国民党を出て、無所属で立候補したことだという。

宋は外省人だが、88年の蒋経国の死によって総統に昇格した李を助け、李に批判的だった国民党内の勢力を説得して彼を党主席につけた立役者だった。が、李は「禁じていたバラまき政治で地方の有力者を取り込み、私腹まで肥やす信用できない男になった」として宋を見限ったというのだ。

「宋には99年にも横領疑惑が発覚している」とも書いてある。台湾の有権者に産経新聞の読者がどれだけいるかは知らないが、筆者の宋楚瑜の印象がさらに悪くなったことだけは確かだ。その政見放送は25日と27日にも行われる予定で、20日には各党の副総統候補3氏による政見放送も実施される。

世論調査

台湾では日本に比べて頻繁に世論調査が行われる。ここ数か月にわたり毎月数回の調査を行っているTVBS(香港系の民間テレビ会社)の調査結果の推移は次の通りだ(調査方法:固定電話と携帯電話の併用、対象人数:20歳以上の約千名、固定と携帯の比率:ほぼ半々)。

14日公表の総統選挙分では、ここひと月の間に蔡候補の支持率が5ポイントほど上昇したのに対し、韓候補は逆に6ポイント下げ、その差が20ポイントほどに拡大した。良くいわれる通り、香港で続いている抗議活動で「一国二制度」の欺瞞が露呈したことが蔡候補の追い風になっているようだ。

だが一方、立法委員選挙の比例に影響する政党支持率では、民進党がこのひと月の間に5ポイント上げて28%にまでになりはしたものの、国民党支持率も依然として30%を維持し民進党を上回っている。見方を変えると韓国瑜候補個人の人気が今一つということだろうか。

立法委員選挙

それにしても立法委員候補が大小19もの政党から出ているとは少々びっくりした。15日にはそのうちの8党が民間の「公民監督国会聯盟」と「民間全民テレビ」(民視)に招かれて、各代表者による政見放送が行われた。そこでの各党の主張を台湾紙から拾うと次のようだ。

民進党は、中国との対話を望むとしつつ、中国が一国二制度や台湾への武力行使を放棄しないなら話し合えないとした。国民党は、一つの中国とは中華民国であり、中国のいう一国二制度には反対するとの「92年コンセンサス」を主張した。民進党は同コンセンサスの存在自体を認めていない。

柯文哲氏(Wikipedia)

柯文哲台北市長が8月に設立した台湾民衆党は、台湾の過度の中国依存への懸念から、民進党のような対中強硬路線も必要としながらも、実務的な意思疎通で相互理解を深める中立路線を主張した。独立派の時代力量は、台湾と中国はそれぞれ別の独立国家との認識を示した。

政見放送での主張ではないが、親民党は民進・国民両党への不満票の取り込みを狙って、総統選を辞退した鴻海精密創業者の郭台銘氏に連携を仰いでいる。一方の郭氏は、親民党と協力しつつ柯文哲の台湾民衆党にも関係者を送り込んでいると報じられる。どうも郭氏のやることは信用し難い。

総統選では、残りの3週間に余程のこと、例えば蔡英文個人のスキャンダルなど、が起きない限り蔡英文・頼清徳の民進党コンビが勝つだろう。が、立法委員選の方は、このままでは民進党が過半数に届かない可能性がある。米国下院のような捻じれが生じないよう、民進党の一段の奮起を望みたい。

柯文哲と総統府に関する余談

同じように総統選を辞退した郭氏に比べ柯氏は、民衆党を作って立法委員選に候補者を立て、着実に4年後に備えているように見える。世論調査の政党支持率でも11%と堅実に第三党を維持している。その柯台北市長が18日、総統府の移転の考えを示したというので、その件に触れて本稿を結ぶ。

総統府庁舎(Wikipedia)

総統府を移転すべき理由として柯市長は、「歴史観の混乱」と「国防上の危険性」を挙げた。前者は総統府が日本統治時代に台湾総督府として建てられたことを指し、後者は、市の中心地に置くより国防部などの軍事施設が集まる別の場所に総統府を移し、そこを要塞化するのが良いとしている。

総統府庁舎は1919年に台湾総督府として竣工、98年には国定古跡に指定された。100周年の今年は記念イベントが様々あった。移転後の庁舎は高級旅館兼博物館にしたいらしい。筆者は有りと思う。高雄の旧市街に日本統治期に建てられた旧市役所も、歴史博物館として二二八事件を常設展示している。

また柯氏は95年に取り壊された朝鮮総督府について問われ、「おかしい」と述べたそうだ。が、筆者は珍しくこの件では韓国に同情的だ。朝鮮総督府は1926年に、李氏朝鮮の景福宮(皇居ともいうべき王宮)の正門である光化門を移転してまで、正殿の勤政殿と光化門の間に建てられたという。

終戦が報じられるや半島各地の神社の多くは、皇民化の象徴として放火された。むしろ朝鮮総督府は95年まで良く残されたというべきか。朝鮮公使三浦梧楼の閔妃暗殺(参照:拙稿「韓国三・一運動100周年:唯一日本人が胸に刻むべき事件」)もそうだが、この手の明白なやり過ぎの非は、嘘を嘘と主張するためにも、謙虚に認めるべきと思う。

そこへいくと、200年以上も清朝の辺境の「化外の地」に過ぎなかった台湾には王宮などない。台北は四方を城壁で囲まれていたものの、台湾総督府はその南寄りにポツンと建てられた。きわめて荘厳で立派な建造物だから、ホテル兼博物館として残されるならぜひ泊まってみたい。

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。

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