北大西洋条約機構(NATO)は今月初め、創設70周年を記念する首脳会談をロンドンで開催したが、そこで冷戦後の「NATOの主要敵国はどこか」といった問題が提示されたという。29カ国から構成されたNATO加盟国は“昔のように”一枚岩ではないことが改めて明らかになった。
「昔のように」と書いたが、冷戦時代は「敵」「味方」(同盟)が明らかだった。世界は民主陣営と共産陣営に分かれ、NATOとワルシャワ条約機構が対立していた。ロナルド・レーガン米大統領(在任1981〜89年)は当時、民主陣営と共産陣営の対立を「善」と「悪」の対立と考え、「善」の米欧諸国は当時、「悪」のソ連・東欧共産国と大量破壊兵器をちらつけながら対峙していた。
ソ連・東欧共産政権が次々と崩壊した後、共産圏ブロックは解体し、後継国ロシアがその残滓を継続する一方、アジアで中国共産党政権が急台頭してきた。経済ブロックだった欧州連合(EU)は冷戦後、欧州の民主陣営を結束し、米国、ロシア・中国に次ぐ第3極を形成してきたが、30年余りが経過した今日、大多数の国が民主主義を国是として歩みだした。そのような状況下で、NATOの加盟国の中で「どの国がわれわれの主要敵国か」で意見が分かれてきたわけだ。
ソ連共産党の衛星国家に甘んじてきた東欧諸国にとって、ソ連共産政権の後継国ロシアは依然、最大の軍事脅威だ。特に、バルト3国とポーランドにとって、ロシアこそ最大の軍事脅威という点で揺れがない。それに対し、ドイツ、フランス、英国ではロシアの脅威論は次第に弱まる一方、「中国の脅威」が囁かれ出してきた。
中国共産党政権は習近平国家主席が提唱した新シルクロード(一帯一路)を掲げ、その経済力を生かしてEUに進出し、EU加盟国内の結束を揺り動かしている。ハンガリーやギリシャは中国との経済関係を重視し、北京からの投資を歓迎する一方、ドイツは経済的に巨大な市場の中国を敵視することに躊躇しながらも、軍事・安保政策の視点から中国共産党政権の脅威を完全には払しょくできない、といったジレンマの状況にある。例えば、次世代通信規格(5G)のネットワーク整備で中国通信機器大手・華為技術(ファーウェイ)の導入を認めるか否かでEU内で依然、コンセンサスはない
ウクライナのクリミア半島をロシアが併合して以来、EUは対ロシア経済制裁を実施しているが、ハンガリーなど加盟国の中で制裁の緩和を求める声が出ている。ロシアの国営企業ガス・プロムと独仏企業などが出資して建設中の新パイプライン「ノルド・ストリーム2」プロジェクトに対し、米国は欧州がロシアのガス供給に依存することに危機感を持っている。トランプ米大統領は同プロジェクトに参加する企業に対し、制裁をちらつかせている、といった具合だ。
冷戦後の国際情勢は民主・共産の2分割ではなく、「善」と「悪」の対立といった構図でもなくなった。「善」と「悪」は混合し、その時々の情勢で「味方」となったり、「敵」となるからだ。
「敵」と「味方」という定義は基本的には軍事的カテゴリーだが、経済的利害が絡むとその区別が一層曖昧となるばかりか、分からなくなる。
中国企業の投資に対し、欧州諸国は歓迎する。しかし、中国の主要企業は国営企業であり、その背後で中国共産党政権が牛耳っている。中国は軍事・安保的には「敵国」の範疇に入るが、経済的利益を優先する。それをグローバリゼーション、世界の多様化といった掛け声が後押しするわけだ(「ファーウェイは実質的には国有企業」2019年4月26日参考)。
身近な例を考える。朝鮮半島で韓国に反日政策を掲げる文在寅大統領が誕生して以来、韓国は南北融和路線をまい進し、独裁国家で主体思想を国是とする北朝鮮との融和路線を進める一方、日本とは過去の歴史問題を前面に出して対立を繰り返し、「戦後最悪の日韓関係」と呼ばれる状況を生み出してきた。
軍事・安保政策上、日韓は本来、同盟国であり、独裁国家・北朝鮮の蛮行から防備する前線に立っているが、韓国は日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)をいつでも破棄できると豪語する一方、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長にはいいなりになってきた。
韓国国防省は今年1月、2018年版の「国防白書」を公表したが、同白書から「北朝鮮は主要敵」と記述されていた箇所が削除されていた。すなわち、北朝鮮は韓国の主要敵国ではなくなったわけだ。
どの国が敵かはっきりしない軍隊の場合、兵士の士気を鼓舞することは難しい。朝鮮半島で軍事衝突が発生した場合、主体思想で結束し、敵が誰かを明確に知っている北朝鮮人民軍に対し、敵がどこにいるのか分からなくなった韓国軍は苦戦を余儀なくされるだろう。
同じように、マクロン仏大統領は欧州軍の創設を提案したことがあるが、どの国が主要敵国かで意見が分かれている状況下で、欧州軍の創設は単なる夢物語に過ぎない。繰り返すが、軍である限り「敵」を明確にすることが不可欠だからだ。
中国共産党政権が経済のグローバリゼーションという名目でその軍事的覇権を伺っている現在、日本を含む欧米諸国は中国の狙いをはっきりと認識して付き合う必要があるだろう。
中国共産党政権が共産主義と決別し、民主化に乗り出さない限り、中国は日本を含む欧米民主諸国にとって安保上の「敵」といわざるを得ないからだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年12月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。