「ゴーン逃亡」は“日本の司法”民主化の起爆剤

加藤 成一

「ゴーン逃亡」の世界的衝撃

会社法違反(特別背任)などの罪で起訴された日産元会長のカルロス・ゴーン被告は、年末にプライベートジェット機で日本からレバノンに逃亡したとされる。保釈中における大物経営者の海外逃亡は日本では過去に例がなく、日本国内のみならず、世界に衝撃が走っている。

Adam Tinworth/flickr:編集部

ゴーン被告は保釈中で海外渡航は禁止されているから、法的には明らかな保釈条件違反であり、保釈は取り消され、総額15憶円の保釈保証金の全部または一部は国に没取される(刑事訴訟法96条)。

しかし、保釈中であり身柄を拘禁されていないから、刑法97条の「逃走罪」には該当しないと言えよう。

ゴーン被告の主張

ゴーン被告は31日米国代理人を通じ声明で「私は今レバノンにいる。基本的人権が無視されている日本の不正な司法制度の人質にはならない。司法から逃げたのではなく、不正と政治的な迫害を回避した」と主張した。

この主張に対して、欧米の海外メディアは概ね肯定的ないし同情的である。「人質司法」のことや、特に欧米人の人権感覚からすれば、妻との接触禁止の保釈条件は非人道的とみなされよう。

これに対して、日本の主要メディアは、もともと保釈を認めるべきでなかったなど、概ね厳しいようである。アゴラでも「日本に対する主権侵害」「出入国管理を含む日本の司法・行政当局の世界的信用失墜」といった厳しい意見が多い。

日本の司法制度の現状

しかし、欧米のメディアも指摘するように、日本の司法制度は、欧米先進諸国に比べ、日本で最も近代化・民主化が遅れた分野である。とりわけ、「自白」しないと保釈を認めない、いわゆる「人質司法」は世界的にも悪名が高い。

例えば、「収賄事件」の現参院議員鈴木宗男氏、「背任・偽計業務妨害事件」の評論家佐藤優氏、「森友学園事件」の籠池夫妻なども「自白」をしないため、証拠隠滅の恐れがあるとして、保釈が認められず、長期間の身柄拘束を余儀なくされた。

しかも、日本では「99%の有罪率」のため、欧米のように「推定無罪」の原則が働かず、むしろ「推定有罪」の原則が事実上働いているのが現実である。このことは裁判官の意識にも影響し、保釈許可を困難にしている。

「取り調べの密室性」は冤罪の温床

のみならず、日本では米国などのように、取り調べにおける弁護士の立ち合いが認められておらず、長年「取り調べの密室性」が当然のことのように維持されてきた。

筆者は、現在も弁護士資格を保有する元弁護士であるところ、弁護士30年の実務経験を有し、民事・商事・会社・渉外・特許・行政・刑事冤罪事件など、多数の事件を処理解決したが、刑事事件における、弁護士の立ち合いを認めない「取り調べの密室性」は、多くの冤罪事件を生む温床であると確信している。

法的知識が必ずしも十分とは限らない被疑者にとっては、取調官から密室の取調室で、「お前が殺人の事実を認めれば反省があり懲役の求刑にしてやるが、認めなければ反省がなく死刑を求刑するぞ!」などと脅されれば、精神的パニック状態に陥るであろう。

そのため、たとえ無実であったとしても、死刑にだけはなりたくないために「殺人の事実」を認めてしまうことも否定できない。拘束されている被疑者の立場は極めて弱い。

なぜなら、取調官は、少なくとも身柄を拘束されている被疑者にとっては、「生殺与奪の絶対的権力」を有しているからである。弁護士にはそのような「権力」はない。

しかも、一旦「自白調書」がつくられれば、実務上、有力な「反証」が無ければ、公判で覆すことは極めて困難であり、事実上不可能に近い。

しかし、米国などのように、取り調べに弁護士の立ち合いが認められれば、自白を獲得するための上記のような取調官による「脅迫」や「恫喝」は後を絶ち、冤罪も激減するであろう。

「ゴーン逃亡」は“日本の司法”民主化の起爆剤

このように、日本では「自白」しないと保釈を認めない「人質司法」が長年司法機関によって合法的に行われてきたこと、ゴーン被告の例のような妻との接触を認めない保釈条件の「非人道性」や、「99%の有罪率」のため「推定無罪」の原則が働かず事実上「推定有罪」の原則が働くため、裁判官の意識にも影響し保釈許可を困難にしていること、弁護士の立ち合いを認めない「取り調べの密室性」が長年冤罪を生む温床になってきたこと、など日本司法の非近代性・非民主性は否定できない事実である。

よって、筆者はゴーン被告の前記主張を必ずしも全面的に肯定するものではないが、同被告が「人質司法」など日本司法が抱える長年の問題点を指摘する側面は否定できないのであり、「ゴーン逃亡」が逆説的に、“日本の司法”民主化の起爆剤になることを期待したい。

加藤 成一(かとう  せいいち)元弁護士(弁護士資格保有者)
神戸大学法学部卒業。司法試験及び国家公務員採用上級甲種法律職試験合格。最高裁判所司法研修所司法修習生終了。元日本弁護士連合会代議員。弁護士実務経験30年。ライフワークは外交安全保障研究。