官僚の働き方 ~ 誰も幸せにならない日本の理不尽な働き方の縮図

千正 康裕

1. 官僚のことを知らない人にとっての「官僚の働き方改革」

今週は、講演の機会をいただきました。
テーマは「官僚の実態」です。 

それなりに、このテーマで発信をしてきた気もしますが、ちゃんとコンテンツをまとめて講演で話したのは始めてです。
しかも、参加者は官僚が身近でない人ばかりです。

永田町から見た“不夜城”霞ヶ関方面(写真AC:編集部)

まだ、プレゼンに改善の余地がありますが、とても楽しかったです。 

フィードバックもいただけて、本当に勉強になりました。

ご本人の許可をいただきましたので、嬉しかったフィードバックをシェアします

お恥ずかしながら、官僚について全く予備知識がない状態でしたので、お話しいただくこと全てが興味深く、こんなに大切なことを自分は今まで知らないでいたのか…と思いました。「堅くて忙しいエリート・・・?」くらいのイメージしかなかった官僚が、「国の課題解決の戦略から実行までを担うプロフェッショナル」であるということにイメージが変わりました。

官僚の人材不足を生むスパイラルについてもご説明いただきましたが、以前勤めていた大企業の構造と、規模や深刻ささえ違えど、とてもよく似ていて驚きました。まさに日本社会を映す鑑なのでしょうか。官僚の働き方改革が実現できれば、日本全体がもっと良くなるのだろうなと思いました

「官僚の働き方改革」は誰に伝えるべきなのか

これまで官僚の働き方の話を国会議員や記者の方に何度も話して来ましたが、皆さん官僚のことをよく知っている方々でした。実は本当に僕が伝えたいのは、「官僚が身近でない人たち」に対してなんです。 

なぜなら、官僚の働き方それ自体が民主主義の在り方やこの国にいる人の生活と密接に関係するからです。

官僚が大変だからという理由で、

  • 国会のチェック機能を弱くする
  • 困っている人がいたとしても、政策を変えるスピードをゆっくりにする

みたいなことは望ましくないと思います。

官僚からしてもお客さんを選ぶことはできませんが、実は、国民の人からしても、一人ひとりが、政府の株主であり、究極的な雇い主であり、強制的にお金を払って行政サービスを購入させられる立場から逃れることができません。

3.「官僚の働き方改革」は官僚だけのものか

官僚が身近でないこの国のほとんどの人たちは、有権者であり、官僚のお客さんです。お客さんとの対話なくして、官僚の働き方改革は進められないのです。

おそらく民間企業でも、社内の効率化の努力でできることはもちろんたくさんあると思いますが、お客さんや取引先の理解を得ながらでないと本当の働き方改革はできないのではないでしょうか。

例えば、地方も含めてコンビニは全国一律に24時間空けないといけないでしょうか。お客さんが夜中にあまり来ない場所もあるでしょう。深夜のアルバイトを確保できない地域もあるでしょう。でも、コンビニチェーンの大企業の了解がないと、コンビニの店長の一存では夜中の営業をやめることができません。

そうです。本当の働き方改革は1つの会社でやるのは限界があるのです。だから、社会全体で変えていかなければ、仕事は減らないのに早く帰れと言われて理不尽な働き方を強いられてしまうかもしれません。

僕たち、1人ひとりの消費者である時の意識から変えていかないといけないんです。

4.官僚の仕事と生活者の関係

僕の講演に対していただいたフィードバックを見て、その人たちにとっては、官僚の働き方の前に、そもそも官僚っていうのが、何をしている人たちなのか、イメージを持っていないということがよくわかりました。 

コンビニのように身近でないんですね。もしかしたら、このブログを読んでいる方も道で官僚にすれ違っているかもしれません。でも、誰が官僚だか分かりません。たまたま、知り合いに官僚がいなければ話を聞く機会もないでしょう。そして、たまたま知り合いに官僚がいる人なんてごくわずかです。 

改めて、人の生活と政策がどんなに密接に関係するか、そこから必死に伝えていかないといけないと思いました。

千正が生活者として経験した政策の意味

僕にも、44年の人生の中で何度かピンチがありました。

腰の怪我で歩けなくなった母を父が実家で1人で世話をしていた時期がありました。そんな時期に、心身ともに無理がたたったのでしょう。父が重い病気で倒れて救急車で病院に運ばれました。

兄と僕は、急いで仕事を休んで実家に集まりました。父のことは心配でしたが、集中治療室に入っているので、とりあえず病院にお任せするしかありません。実家にいる母は、1人ではトイレも行けない状況でした。まず、父がいなくても母が自宅で生活できる環境を作らないといけません。急いで介護保険の申請をして、ヘルパーさんを呼んだり、家の中を移動できるように車椅子を借りたり、母が歩けるようにするためにリハビリにも通うことになりました。

これは、すべて介護保険があったからできたことです。これだけのサービスが本来の値段の1割の負担で受けられるのです。介護保険がなければ、全額自己負担になるので毎月数十万円の費用がかかります。仕事をリタイアした親がずっとその費用を払えるでしょうか。兄か僕かどちらかが仕事を辞めて親の面倒を見なければならなかったかもしれません。 

介護保険のおかげで、兄と僕は仕事に、日常に戻ることができました。母も父が病院から戻るまで自宅で1人で過ごせるようになりました。リハビリに通って、気持ちも前向きになり、家の中で歩いて移動することができるようになりました。

父も、幸運にも一命を取り留めて、自宅に戻ってきました。この時の医療費も医療保険からほとんどの費用が出ています。父が支払える金額で医療を受けることができ生還しました。

僕は、この出来事を経験したときに、「ああ、俺たちの仕事ってこういう仕事なんだな。」と心底、実感しました。

介護保険も医療保険も厚労省の先輩達が、それこそ命を削る思いで作ってきたものです。バトンを受け取った僕の同僚達が、将来も安心して介護や医療が受けられるように、どうやって制度をメンテナンスしていくか、今も毎日必死に働いています。 

彼らが、今の異常な働き方を続けて健康や家庭を壊して働けなくなったり、若手がどんどん辞めていったら、どうなってしまうでしょうか。今、本当にそういうケースが増えています。

僕が、官僚の働き方改革の活動をしているのは、官僚の生活環境をよくしたいというよりも、このままではこの国の人の生活にとって大事な政策を作る機能が壊れて、すごく迷惑がかかってしまうからです。

今回の講演は、官僚の仕事と人の生活の密接な関係をもっと多くの人に伝えていかないといけないと、改めて感じさせてくれる本当に貴重な機会でした。 

5.変えなければいけないこと、変えられること

官僚の仕事のやり方を変えても、生活者であるお客さんに迷惑がかからない形にする必要があります。実際に、政策の質や生活者の利益と全く関係のない無駄な仕事が山ほどあります。

例をあげます。

(1)無駄な大量コピー

国会の審議の前日、真夜中の会議室で若手が大量に答弁メモをコピーして、問いごとにインデクスをつけて、資料を組んでダブルクリップで留める、それを午前3時、4時に自転車で国会などに届けています 

この作業は本当に国民の役に立っているでしょうか?あるいは役立つ政策を作るための若手のトレーニングになっているでしょうか?深夜残業の職員の残業代やタクシー代を税金から支出する価値があるでしょうか? 

答弁する大臣のためのメモや資料をデータ化してタブレットで持ち込むようにすれば、この作業はすべて不要になります。

だったら、すぐ変えればいいじゃないかと思う方が多いかもしれません。

僕もそう思います。 

でも、これは国会のルールのことなので、役所では変えられないのです。各政党の国会議員の方が話し合って、現在認めていないタブレットの持ち込みについて「委員会室に答弁者である大臣が持ち込んでもよい」という合意をしていただかないと実現できません。

民間企業でも、例えば重要な取引先のフォーマットに合わせないといけないとか、役所が提出を求める書類がめんどくさいとか、自社だけで変えられないことがあるかもしれません。

中央官庁にとっては、年間の3分の2開いている国会との関係で発生する仕事が非常に多くて、この仕事のやり方は細かいことでも役所が勝手に変えられないのです。 

(2)前日夜の質問通告

しかも、この質問に対する事前準備は、質問者である国会議員が前日の夕方から夜になって初めて役所に知らせてくることが多いのです(質問通告と言います。早めに通告してくれる議員もいます)。

前日の夕方に質問通告を受けると、そこから答弁内容の作成や資料の準備などをするので、質問の数が多ければ、どうしたって夜中までかかります。これを早めるためには、色々と乗り越えないといけない課題がありますが、僕はまず通告時刻の公表をして、原因は何か、何を変えれば早くなるのか、実態を把握するところから始めるべきと考えています。これも通告を受けた役所が勝手にやるよりも国会のルールとしてやった方がよいと思うので、やはり政党間の合意が必要です。

そして、この答弁のメモや資料をベースに、翌朝、つまり国会審議当日の朝6時とか7時とかに大臣が出勤してから、9時の本番までの間に、1問、1問と官僚と大臣の間で議論をして実際にどのように答弁するかを決めているのです。(官僚の作ったメモを大臣がただ読んでいるわけではなく、本番直前まで答弁は大臣の指示で修正します) 

事前の質問通告など不要だろうというご意見もよく聞きますが、僕は政策を進めるための充実した国会審議のためには、このプロセスはとても大事だと思っています。

このプロセスなく、ぶっつけ本番でやると、いい加減な答弁をしたり、間違った答弁をする可能性もありますし、そもそも質問者の問題意識を踏まえた具体的な答弁ができない可能性が高いのです。20年近く厚労省にいた僕でも、詳しい分野とそうでもない分野もあります。準備をせずに、すべてについて瞬時に正しく具体的な答弁をすることはできません。

どうしても、「議員の問題意識は分かりましたので、よく調べて検討してみたいと思います。」みたいな答弁になってしまいます。それでは、議論が進まず限られた国会の審議時間が無駄になり、政策も動きません。

このように、役所の中で大きなウェイトを占める国会関係の仕事のやり方を変えるには、国会議員の方々の議論・合意が必要なのです。 

国会議員は有権者から選ばれて活動しています。国会議員の方々も同じ問題意識をもってくれている、変えたいという方がたくさんいますが、長年続いてきたものを変えるのは、彼らにとっても本当に大変なことです。 

多くの国会議員の方がハードルを乗り越えて改革を進めてくれるかどうかは、官僚が身近でないこの国の多くの有権者の声にかかっています。 

だから、きっと変えられる。僕はそう信じています。 

そして、多くの有権者の声で本当に国会や霞が関が変わるのであれば、

同じように、多くの消費者の意識が変わって、この国で働く人たちの職場も大きく変わっていくと信じています。

千正 康裕(せんしょう やすひろ)自営業、元厚生労働省勤務

1975年、千葉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、2001年、厚生労働省入省。在職中は、年金、雇用、児童福祉、女性活躍、医療、労働政策、社会保障などを担当し、政務官秘書官、在インド日本国大使館一等書記官、医療政策企画官を歴任。2019年9月退官後はフリーランスとして、企業やNPOと協働して現場と政策の橋渡しや、執筆活動、日本とインドの橋渡し、霞が関の働き方改革などの活動をしている。


編集部より:この記事は千正康裕氏のブログ「センショーの『元』官僚のお仕事と日常のブログ」2020年1月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。