再燃した韓国歴史教科書問題が証す、文在寅の“反韓従北”ぶり

2020年01月18日 06:01

韓国で今年3月から使われ始めた中高生用歴史教科書が批判に晒されている。文在寅が朴槿恵を引き摺り下ろした動機の一つに教科書の国定化阻止があったと筆者は思っているが、その重要問題を韓国紙日本語版では朝鮮日報だけしか取り上げていないことも奇異だ。が、とりあえず状況をみよう。

韓国大統領府インスタグラムより:編集部

批判の中身

1月8日、朝鮮日報は「著作権侵害で有罪判決受けた教授に歴史教科書検定審議委員長を任せた韓国政府」との記事を載せた。これだけタイトルが長いとほぼ中身の想像がつくが、ズバリ、その通りの内容だ。

文政権は、歴史参考書で15ヵ所を盗用して11年に有罪になったソウル大学チェ・サンフン教授を検定の委員長に据えた。彼が「通過させた教科書は、例外なく“韓半島唯一の合法政府”である大韓民国政府を“38度線以南唯一の合法政府”と表記するなど、左派偏向論争に巻き込まれている」そうだ。

国連は1947年11月に朝鮮に統一政府の設立を決議、48年8月15日に大韓民国ができた(北朝鮮設立は同年9月9日)。そして同年12月の第3回総会で大韓民国が朝鮮における唯一の合法政府とされた。よって、この件は決着済で、北朝鮮以外に中露にすらこんな認識はあるまい。

悲劇に輪をかけたのは、高校用の検定済歴史教科書8種のうちの6種で使われている「1920~30年の米生産量」のグラフが4種と2種で数値が異なる、すなわち「年毎の生産量が少ない場合は53万石、多い場合は567万石もの違いが出ている」という件だ(12日付朝鮮日報「記者手帳」)。

同紙が「この統計だけでなく“多くの部分で出版社毎に記述が異なっている”と指摘したところ、韓国教育部と韓国教育課程評価院は7日、“執筆者の自律性を尊重しさまざまな内容に基づいて記載されたものだ”との考えを示した」というから、朝鮮日報ならずとも呆れる。

これは「植民地近代化論」が教科書から削除されたことと通底する。「反日種族主義」で李尚薫教授は「日帝収奪論」を否定し「植民地近代化論」を肯定した。ハーバード大のエッカート教授も「日本帝国の申し子」(草思社)で、東亜日報や京城紡織のオーナーだった金性洙一族の研究を通して、韓国資本主義の発展に日治期が果たした役割を評価する。

杜撰な検定の懸念は以前から指摘されていた。18年2月13日の東亜日報は、文政権が国定化を否定して教科書を作り直すことについて次のように報じた。そのためだろう、検定審議委員は件の委員長以下38人もいたそうだ。

歴史教科書の拙速製作が懸念されている。20年3月から歴史教科書が配布されるには、出版社の検定図書開発に8ヵ月、検定審査期間に7ヵ月ほどしか残っていない。教育部は「検定審査委員を大幅に増やし、検定期間を短縮して執筆期間を最大限確保する」と明らかにした。

問題の本質は文在寅の“反韓従北”

朝鮮日報は16日にも郭記者の「韓国の市民団体“歴史教科書採用拒否運動を開始へ”」との記事で、識者が団体の討論会で「李承晩政権による建国過程や朴正熙政権による産業化の功労を独裁政権の悪徳とする一方、ろうそくデモを称賛して文在寅政権の誕生を美化している」と批判したことを報じた。

そして注目すべきは次の一文だ。

自由民主研究院のヤン・イルグク委員は同日の発表で、「今回の教科書が“自由民主主義”の代わりに“民主主義”という単語を使っている理由は、北朝鮮の人民民主主義と大韓民国の自由民主主義を区別しないためだ。自由陣営と独裁国を無理に同格化する意図が込められている」と述べた。

そこで15年11月15日の東亜日報社説「文代表は大韓民国の建国どう見るのかまず明らかにせよ」を読むとこのような一節がある。

野党「新政治民主連合」の文在寅代表は4日、歴史教科書国定化撤回対国民談話で、「歴史教科書の国定化はそれ自体が自由民主主義の否定だ」とし、「国民が自由民主主義を守るために国民不服従運動に立ち上がってほしい」と呼びかけた。

文大統領肝いりの現行教科書では、“民主主義”を使おうとするがために棄てた“自由民主主義”を、つい4年前には、文氏自身が朴槿恵による教科書国定化を“自由民主主義の否定”として批判するがために用いている。これをご都合主義といわずに何と言おう。

“民主主義”は盧武鉉政権の2007年に初登場した。が、李明博と朴槿恵以降は“自由民主主義”が使われてきた。金正恩に罵倒されようと従北を推し進める文氏のこと、一時凌ぎに使った4年前の言辞のことなど憶えてもいまい。が、過去記事を拾うとこうした姑息さが焙り出される。

韓国歴史教科書問題のそもそも

歴史教科書問題は、朴槿恵が大統領就任4ヵ月後の13年6月に「教育現場の歪曲は必ずや正されるべきだ」と述べたことが発端だ。そこから国定化が動き出し、8ヵ月後の14年2月にも「バランスの取れた歴史教科書」の必要性を再び言及し、教育部が検討を本格化した。

14年1月には東亜日報が「教学社の教科書を学校から追い出した画一主義の左派史観」と左派の排斥運動を報じている。従って、この16日に朝鮮日報が報じた、右派の市民団体や自由韓国党らの採用拒否運動は、攻守所を変えた6年前の再燃という訳だ。

南北国境に位置する板門店(写真AC)

当時唯一左派系でなかった教学社が2,318校の1校にしか採用されなかったのは、全教組や野党や左派の歴史教育学界が反対したためだ。同教科書は急いで作ったため誤りが多かった(この拙速は今回も)ものの検定済だった。だが、大韓民国建国と朝鮮戦争についての右派史観の記述が問題視された。

朝鮮戦争に関する右派史観とは「北による南侵」を指す。そして文大統領は「南侵」を執筆基準から削除することを目論んだ。先述の18年2月13日の東亜日報はこう報じる。

これまでの国定教科書の執筆基準は「北朝鮮政権の全面的南侵で勃発した韓国戦争」と表現した。一方、新しい執筆基準試案は、「韓国戦争の展開過程と被害状況、戦後の南北分断が固定化する過程を見る」とだけ記述した。

既に評価の定まっている「南侵」をも否定にかかるとは絶句。結局、学界から「韓国戦争の北朝鮮の責任が薄くなれば、大韓民国の正統性が否定される恐れがある」として、「特定史観が記述され得る道を開いた」との懸念が示され、「南侵」の表現が含まれることになった。

大韓民国建国についても、文大統領は17年8月15日の光復節に「2年後の2019年は、大韓民国の建国と臨時政府樹立100年を迎える年」と述べた。建国を1948年ではなく1919年の臨時政府樹立時とした訳だ。が、教科書は1948年のままで、文大統領は去年の光復節にこう述べざるを得なかった。

3.1独立運動と臨時政府樹立100年を迎える今年、光復74周年記念式を特別に独立記念館で行うことになり、非常に意義深く思います。

権力を反韓従北に使う文大統領

金日成(Wikipedia)

朴槿恵大統領が「歪曲」と考えたのは、当時の多くの歴史教科書が大韓民国の建国を蔑視する記述に比重を置き、それが国際社会の定説にも反していたからだ。換言すれば、それはささやかながらも満州で抗日戦を戦った金日成による北朝鮮の建国に正統性を置く記述だ。

今日の韓国の経済的発展の背景には、光復後に自由民主主義という理念を選んだことにある。それが正しかったことは今の北朝鮮が証明している。が、韓国現代史を「正義が敗北し、日和見主義が勢力を伸ばした屈辱の歴史」と考えた盧武鉉とその舎弟の文在寅には我慢がならないようだ。

日本にも自国を貶めたい反日自虐史観はある。が、戦後この方の大半は健全な保守勢力がそれを圧倒してきた。他方、盧武鉉と文在寅の韓国では(反日は当然として)従北のための反韓自虐が現れている。だが、盧と文が師と仰ぐ金大中は、親北ではあった反韓自虐ではなかった。

李承晩は、国会での間接選挙に依るはずの大統領選出を国民の直接選挙に変え、大統領に絶大な権力を集めた。当時の混乱収拾には必要だったし、だからこそ槿恵の父朴正煕も漢江の奇跡が起こせた。この教科書問題は、文大統領が絶大過ぎるその権力を反韓従北に使っていることを証している。

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。

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