金正恩氏、出自コンプレックス克服?

2020年01月28日 11:30

北朝鮮の朝鮮中央通信(KCNA)が配信した写真を見た。平壌で旧正月を祝う記念公演が開かれ、その場に金正恩朝鮮労働党委員長、その妻・李雪主夫人、そして叔母の金敬姫(元労働党書記)さんらが参加しているところを撮った写真だ。

朝鮮中央通信より

日韓メディアは、2013年12月に金正恩氏によって処刑された叔父・張成沢(元国防副委員長)の妻・金敬姫さん(故金正日総書記の実妹)が約6年ぶりに公の場に現れたことを受け、「金敬姫さん、健在」という見出しで大きく報じた。金敬姫さん(73)は夫が処刑された後、体調を崩し、一部のメディアでは死亡説すら流れていたから、当然かもしれない。

ところで、KCNAの写真を見たとき、金正恩氏だけではない。李雪主夫人、金敬姫さんらの表情がいずれも厳しいのが気になった。KCNAは記念公演でどのような演目が舞台で行われていたのか報じていないので判断できないが、旧正月を祝う記念公演だから、悲しい劇や歌ではないはずだ。

その直後、朝鮮TVが別の写真を放映した。金正恩氏と李雪主夫人、そして正恩氏の実妹・金与正さんは笑っていた。ただし、ここでも金敬姫さんは笑っていない。少し表情が緩んでいるが、甥の金正恩氏のようには笑っていない。

なぜ、2枚の写真に拘るのかというと、北朝鮮最高指導者(通称・首領様)が参席する場では、笑うのも、泣くのも首領様に合わせてするのが北朝鮮の伝統だ。金正恩氏が不機嫌な表情をしている時、笑えば、その人物はその直後、処刑されたとしても不思議ではない。金正恩氏の表情と側近のそれが同一でない場合、波紋が生じるのだ。会議で欠伸をしただけで処刑された党幹部がいたことを思い出してほしい。北朝鮮はそのような国なのだ。

さて、金正恩氏のコンプレックスの話だ。彼は“出自コンプレックス”に悩まされてきた。父親は故金正日総書記だが、母親は在日朝鮮人の高英姫夫人だ。金正恩氏に処刑された異母兄・金正男氏は故金正日総書記と成蕙琳夫人の間に生まれた長男だ。金正恩氏が金正男氏を暗殺した理由は出自コンプレックスがあったからだ、という憶測も流れたほどだ。

元駐英北朝鮮大使館公使だった太永浩氏は著書「北朝鮮外交秘録」(文藝春秋発行)で、金正恩氏が祖父・金日成主席と一緒に取った写真が1枚もないことを悔やんでいるという。金正男氏は故金日成主席と一緒に取った写真を持っていたのだ。

父親が金正日だから問題がないのではないか、という声もあるが、「白頭の血統」を金王朝の中核に据える北朝鮮では、3代目の金正恩氏の母親が在日出身者だということが国民に知れ渡れば問題となる。北朝鮮の国民は金正恩氏の母親のことを知らない。

その金正恩氏は金敬姫さんを公の場に出席させたのだ。そしてそれに先立ち、昨年末、金日成主席と金聖愛夫人の間で生まれた金平一前駐チェコ大使と駐オーストリアの金光燮前大使夫妻(夫人は金平一氏の実妹)が欧州から平壌に戻ってきたのだ。20数年ぶりだ。両大使家庭は金ファミリーでは傍系に当たる。

まとめる。金正恩氏は昨年末、金平一、金敬淑という叔父、叔母の大使家庭を戻し、今年1月に金敬姫さんを公の場に顔を出させたのだ。金正恩氏を取り巻く親族関係者が平壌に集まったわけだ(「欧州の金ファミリーが平壌に戻る時」2019年11月13日参考)。

親族関係者が独裁者のもとに集まる時、独裁者が親族の結束を対外的に誇示しなければならない事情を抱えている場合が少なくない。金平一氏ら傍系の金ファミリーは独裁者の政治ライバル、政敵ではなくなったことを示唆するだけではない。金ファミリー王朝の誇示だ。

太永浩氏は27日、自身のブログの中で、「金敬姫さんの健康が悪化している。金正恩氏が彼女を今、公の場に登場させたのは、彼女が夫の処刑後、毒殺された、といった“叔母殺害説”を否定する狙いがあったはずだ。叔母が亡くなった時、金正恩氏は叔母殺害の疑いを晴らす道がなくなるからだ」(中央日報)と分析している。

当方は金正恩氏が自身の出自コンプレックスを克服したのではないかと受け取っている。もはや出自は自身の政治権力を揺り動かすことはない、という判断が働いたのではないか。

参考までに、ディアスポラ(民族離散)のユダヤ民族は母親がユダヤ人であるかどうかで、ユダヤ民族の血統の継承者かどうかを判断する。その意味からいえば、金正恩氏の出自コンプレックスはユダヤ教的だ。

人は様々なコンプレックスをもつ。家系コンプレックス、学歴コンプレックス、外貌コンプレックスなどだ。金正恩氏は今月8日、36歳となった。出自コンプレックスを克服した金正恩氏は海外に住む傍系ファミリーの叔父、叔母を呼び戻し、そして金敬姫さんを旧正月の公演に誘うことで、金王朝の最高指導者として内外にアピールしたのではなかったか。

それが事実とすれば、問題は金正恩氏はどのようにして出自コンプレックスを乗り越えたかだ。彼は金王朝のトップとして不動の自信を得たのだ。北朝鮮を核保有国とし、世界超大国の米国と直接交渉するまでに軍事力を備えてきた。もはや誰も出自で自分の立場を疑う者はいない、という自信だ。ただし、そこからは金正恩氏は非核化に応じることは絶対にない、という結論が出てくるのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年1月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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