武漢発の新型コロナウイルスをWHOは「2019 nCoV」と呼ぶ。「nCoV」とは「novel Corona Virus」(新種のコロナウイルス)の意。ちなみに、MERSは「Middle East Respiratory Syndrome-CoV」、SARSは「Severe Acute Respiratory Syndrome-CoV」の頭文字だ。
本稿は国内の対応に対する批判はマスコミに任せて、中国紙(「環球時報」や「新華社」の英語版)とWHOサイトの記事などから、新型肺炎への習主席とWHO事務局長の対応について批判を加えてみたい。それらを一読すれば、日本時間のけさ発令された緊急事態宣言なぞ“目くらまし”にすら思えてこよう。
WHO発表と中国“大本営”発表の狭間に思ったこと
まずは28日のテドロスWHO事務局長と習近平主席の会談内容を、新型肺炎の当事者の中国とWHOがどう伝えたかから。日本各紙も両氏がにこやかに握手している写真を報じたが、筆者の頭にはレーダー照射事件の後の岩屋前防衛相を韓国国防部長とのツーショットがよぎった。
習主席への表敬訪問でもあるまいし、これだけの大騒動を起こしている国の責任者に対して、これが人類全体の健康を預かる国際機関のトップが取るべき態度か、とムッとした。WHOの公式発表によればテドロス氏は会談でこう述べた。以下、時間は現地時間、内容は拙訳(一部要約あり)。
中国と世界の両方でこのウイルスの拡散を止めることはWHOの最優先事項です。中国が事態の発生を深刻に受け止めていること、特にトップのコミットメント及びデータやウイルスの遺伝子配列の共有などで中国が示した透明性を高く評価します。WHOはウイルスを理解して感染を制限するための措置について中国政府と緊密に協力しています。
これを新華社がどう報じているかは、30日の環球時報に載っている。その要点はこうだ。
- 局長は、新規コロナウイルスの発生封じ込めと海外への拡散防止に中国が非常に真剣な措置を講じたことは。国際社会の感謝と敬意に値すると述べた。
- 局長は、患者の99パーセントと68例のみの死亡が中国国内であり、中国以外の死亡例がないことを繰り返した。
- 局長は、WHOと中国が合意している戦略の1つが震源地への強力な介入で、これがウイルスの拡散を制限することを明らかにした。
- 局長は、中国が短時間で病原体を特定しすぐ共有しことに、診断ツールの急速な開発につながると感謝した。
- 局長は、中国トップのコミットメントのレベルは信じられないほどだと、何度も中国を称賛した。
- 局長は、WHO緊急委員会が木曜日にもこの問題を議論するとした。
- 同委員会は1月22日と1月23日にも会合し、“国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態”ではないと判断した。
どちらのニュアンスが正しいかは判らない。だが、習主席と握手するテドロス氏の表情を見る限り、新華社電の方が正確かも知れぬ。だとすれば甚だ時期尚早だ。環球時報は1月22日から「コロナウイルス発生の最新状況」なるサイトに、刻々増える患者の数や中国各地での出来事、対応などを載せている。
目に余る台湾イジメ
30日7時47分時点の数字は、患者数7,711名、死者170名、回復124名で、死者の数はテドロス発言から数日で倍以上になっているではないか。それどころか、テドロス率いるWHOが過去の二回はおろか、30日に開いた緊急会議からも台湾を締め出すとはどういうことか。
中国で働く台湾人はおよそ100万人。台湾への個人旅行は総統選用のイジメの一環でとうに禁止し、団体旅行もこの騒動ですべての外国に対し禁止した。だが、台湾当局といえども春節で帰国する者まで止めるのは無理だ。すでに7人出ているという患者はさらに増えるだろう。
中国の台湾イジメでは、ICAO(国際民間航空機関)が、台湾を除外していることを批判するツイートを大量に削除していることをAxiosが報じた。中国の顔色を窺って重要な国際輸送のハブである台湾を除外するのは、新型肺炎の拡散防止にも必ずやマイナスになろう。
ICAOのソーシャルメディアアカウントの担当幹部が中国民間航空局で15年間働いていたことやICAOの事務局長が以前中国当局に勤務していたことを同紙は報じている。ことほど左様に、中国による国際機関の露骨な壟断ぶりは目に余る。
中国当局の酷い隠蔽と楽観論
さて、WHOのサイトは新型肺炎についてこう書いている。
19年12月31日、WHOは武漢市での肺炎症例について注意喚起された。 これは既知のウイルスと一致しなかった。 新型ウイルスの場合、人にどう影響するか判らないので懸念した。1月7日、中国当局は新型ウイルスを特定した。コロナウイルスで、SARSやMERSなどの一種。この新型ウイルスは一時的に「2019-nCoV」と名付けられた。
この新型肺炎に、発生当初から中国当局が真摯に向き合っていたのならまだ良い。だが、中国紙の過去記事を読む限り、テドロス局長の称賛とは裏腹に、中国当局の新型肺炎の隠蔽ぶりはかなり酷い。
環球時報はウイルス特定の翌8日に初めて、「正体不明の肺炎は中国中部の湖北省武漢で59人に感染、うち7人は重症。この病気は市内の海鮮市場で最初に発生した。今のところインフルエンザ、SARS、MERSの疑いは除外されている」と新型肺炎を報じ、翌9日にはこう報じた。
人民解放軍総合病院のLiu Youning教授は、武漢で見つかったコロナウイルスについて「これまでのところ保健局発表の通り人から人への伝染の明確な兆候はない。これは良好な防御手段による可能性もあるが、病気自体が伝染性ではない可能性もある」と述べた。
気休めのつもりかも知れぬが、コロナウイルスと特定されたことを報じながらのこの楽観論は、前日の「正体不明の肺炎は中国中部の湖北省武漢で59人に感染、うち7人は重症」とは落差がある。この段階で「手洗い・うがい」などを強く啓蒙していたら、事態は相当変わっていたかも知れぬ。
WHOの判断を印象操作⁈
次に環球時報が新型肺炎を報じたのは6日後の15日だ。「武漢の保健当局は、肺炎の流行の中で717人がまだ医学的観察下にあると日曜日に述べ、土曜日時点で、41人が新型ウイルスに感染、6人が回復し、1人が死亡し、7人が重篤」とした。
同記事は「WHOは火曜日に、ウイルスが人から人へ感染する可能性があることを示唆する機関として、WHOを引用しているようにみえるメディア報道に反論した」とも書き、あたかもWHOが人人感染を否定しているかのような印象を与えた。
しかし、ようやく20日21時に至り、「過去2日間で、武漢で136人の新たな感染が確認され、市内の総感染数は198人、死者数は3人になった。同日に北京で2人、深圳で1人の感染が、江西省でも5人の疑わしい症例が確認され、急激に中国社会全体が緊張」と報じる。
ロイターの暴露記事で浮かぶ北京の大失態
2日後の22日はWHOが緊急委員会の一回目を招集した日なのに。29日のロイター通信は「中央政府当局者は会見で、初動の治療方法にいくつか“見落とし”があったと述べた」とし、武漢市長も27日、「自身の言動が省政府・国家首脳から厳しく制限されている」と、内乱めかして報じている
同通信はまた、中国は遺伝子解読や即座の病院建設などのハード面は改善したが、情報管理や住民対応といったソフト面ではまだまだ、とのミシガン大学教授の指摘を報じ、また市の管理職には党レベルの上司に問題を持ち込もうというインセンティブがほとんどないと構造問題を暴露する。
その証拠にウイルス感染例が1件も報告されなかった週は、ちょうど春節への準備や、全国人民代表者会議・中国人民政治協商会議に向けた湖北省内の会議の時期に当たっていたとのことだ。つまり感染がなかったのではなく、報告がなかっただけという訳だ。
新型肺炎は、厄介なことに潜伏期間が長い場合は2週間ほどある上、感染しても症状が出なかったり、症状がない間でも他人に感染させたりするとされる。そうなると結果論かも知れぬが、昨年末から20日辺りまでの隠蔽と初動の遅れは、否定しがたい北京の大失態だ。
これを言わずに習主席に阿るのみならず、台湾排除をも続けるWHO局長にも重責を担う資格はあるまい。2人とも職を辞したらどうか。