新しさの追求に見る現代社会

2020年02月12日 14:00

ニュースを見ると「改革」「今までにないスタイル」「チャレンジ」といった言葉が並びます。この20年、時代の移り変わりが大変早くなったことはこのブログでも再三お伝えしていますが、そのスピード感にやや圧倒されつつあります。

(写真AC:編集部)

(写真AC:編集部)

かつて家電製品を買えば必ずついてくる分厚い取扱説明書。それでも製品の使い方がわかりにくいとカスタマーサービスにはクレームの電話がわんわんかかってくるというのが相場でした。今、パソコンやスマホを買ったとき、箱の中には本体と付属品以外、何が入っているでしょうか?ほとんど何も入っていないと思います。使い方説明書はないのです。

なければ使えないじゃないか、と文句を言う気持ちもわかりますが、今は使いながら更にその使い方を自分で習得していくというスタイルに変わってきています。それは自分で開拓していかないと買ったものが使えない、という困苦が待ち構えているので必死になります。若い人になるとそれは当たり前で、そういう社会に育った人たちが新しい常識観を作っていきます。これが社会の時代的変革です。それに慣れるとかつてのやり方には違和感があります。例えばたまに自動車のマニュアルを見ることがあるのですが、なぜ、こんなに分厚いのだろう、なぜ、こんなに見にくいのだろうと気がつくのです。

若い世代は自分で新しいものを見つけ出す能力を備えています。それは既存のやり方よりもっと自分に合っていると思うものを合理的と考えるわけでその行動規範は現代社会のあらゆるところに見て取れます。

アメリカ大統領選の民主党候補のブティジェッジ氏がアイオワ党大会で暫定ながら首位に立っています。誰も知らなかったこの38歳の青年がなぜ人気急上昇したのか、ないものねだりをしているようにも見えます。個人的には彼の人気が維持できるとは思っていませんが、数カ月前、エリザベス ウォーレン氏も一時トップに立ったようになにか、新しいものを常に求めているのが現代社会の特徴なのかもしれません。

植物性代替肉が大流行になり、北米の外食、ファーストフード系がこぞって植物性代替肉をメニューのオプションに取り込みます。あのケンタッキーフライドチキンですらそれをやっているのです。

自動車ではテスラに注目が集まり電気自動車が次世代を担うという声もここにきて急に強まりました。日本電産の永守会長は車の価格は現在の5分の1になると予言しています。コモデティになるというわけです。ただし、コモデティとはどれをとっても同じという前提が必要ですから車に個人的テイストを求めない自動運転電気自動車を前提としているのでしょう。

バンクーバーの酒屋では遂に買い物の際の無料のビニール袋の配布が終わりました。酒を買っても無料のビニール袋はないのです。自分の袋がなければ10セント(約8円)の茶色い紙袋か何百円かするリユース可能な布袋を求めなくてはいけません。

日本ではスーパーでようやく有料化が出てきたところですが、北米ははるかその先を行くのは老若男女が世の中の進む道を理解し、(しぶしぶでも)認める背景があるのでしょう。日本は自己都合の不平、不満でその対策の結果、中庸で中途半端なことしかできないことが殻を破れない大きな抵抗となっています。

多くの経営者が日本はこのままではだめだ、廃れる、と叫び、事実、様々な世界ランクで日本は凋落の一途をたどっていますが、ゆでガエル状態でまだのぼせていないようです。

私は変化が早い北米でビジネスを通じて更に先を考えながら戦略を考えなくてはいけません。日本なら5年10年かかることが2年でルール改正になり、常識がどんどん覆されていく社会にいます。弱肉強食ともいえるのですが、食われないように3歩先を見据え、先手で攻めの手を休めないようにする北米社会は魅力的でありますが、毎日、10キロマラソンを全力で走っているようでなかなか、ゆっくりはさせてもらえません。社長業は自分との戦いです。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2020年2月12日の記事より転載させていただきました。

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