風邪を引いただけで「PCR検査」は必要ない

池田 信夫

新型コロナウイルスの問題で注意が必要なのは、サンプルに大きなバイアスがあることだ。 マスコミの騒いでいる「ダイヤモンド・プリンセス」の感染は公海上で発生したもので、日本国内の問題ではない。国内では(2月24日現在)147人が検査で陽性になり、1人が死亡した。それに対して韓国では700人以上の感染者が発見され、7人が死亡した。この差の原因は、PCR検査の数である。

PCR検査のイメージ(メルクのウェブサイトより)

PCR(polymerase chain reaction)検査は、インフルエンザの検査のように簡単にできるものではない。製薬会社メルクのウェブサイトによると、これは検体のDNAを加熱して変成させ、遺伝子解析するもので、一つの検体に6時間ぐらいかかる。検査キットは1台数百万円で、各県の環境衛生研究所に数台しかなく、この機材がボトルネックになっている。

日本ではダイヤモンド・プリンセスで1700人以上、国内では1300人以上のPCR検査をしたため要員もパンクし、今は原則として重症患者だけ検査している。これがアドホックに検査している韓国に比べて日本国内の感染者数が少ない原因である(ダイヤモンド・プリンセスを加えると同じぐらい)。

このように検査態勢に限界があるので「すでに国内には数万人の感染者がいる」という推測も間違いとはいいきれないが、そうだとしても毎週20万人以上(累計650万人)の患者が出ているインフルエンザに比べれば大した問題ではない。

もはや水際対策の段階は終わったので、「市中感染」を減らして医療のパンクを防ぐには、風邪を引いただけの軽症患者は病院に行かないで自宅で静養することが大事だ。PCR検査は感度が悪いので、軽症患者では擬陽性や擬陰性になりやすい。重症患者に限ってPCR検査する厚労省の方針は間違っていないのだ。

大事なのは軽症患者の「安心」ではなく重症患者の「安全」である

ところがワイドショーでは、コメンテーターが「みんなにPCR検査を受けさせろ」と騒いでいる。内科医の上昌広氏も、厚労省をこう批判する。

厚労省がやるべきは、希望者すべてが検査できるような体制を整備することだ。財源を用意し、保険診療に入れればいい。あとは放っておいても医療機関と検査会社が体制を整備してくれる。

新型コロナウイルス感染は指定感染症のため、陽性になれば、医師には報告義務が課されている。厚労省はリアルタイムに感染状況を把握できる。その費用は1検体で1万円くらいだから、100万人が検査しても、100億円程度だ。

3000人のPCR検査に1ヶ月かかった状況で、100万人を検査したらどうなるのか。話題の岩田健太郎氏が「上氏が『コロナは軽症だから受診は必要ない』といいつつ『不安を和らげるために検査しろ』というのは矛盾している」と批判した通りだ。上氏が「製薬会社ロシュが無償で簡易検査キットを提供している」というのも誤りで、提供しているのは試薬だけなので、機材や要員のボトルネックは解消されていない。

検査で病気はなおらない。治療薬のない病気で陽性とわかっても、自宅で静養するしかないのだ。新型コロナは単なる風邪であり、99%以上は自然治癒するのでPCR検査は必要ない。軽症患者が病院に押しかけると感染が拡大し、病院がパンクして肝心の重症患者への対応ができなくなる。

マスコミ的には新型コロナ患者1人はインフルエンザ患者100人よりおもしろいだろうが、命の重さは同じだ。「安心」を求める人々に行政が過剰反応すると、本当に命を守るべき人の「安全」が失われる。それが多くの「災害関連死」を出した福島第一原発事故の教訓である。