ロシアの新憲法で「神」が登場?

ロシアの国営タス通信が2日、ヴャチェスラフ・ヴォロージン下院議長の発言として報じたところによると、ロシアのプーチン大統領は新憲法の前文の中で「神」の概念を明記する意向だという。レーニンの共産主義革命から始まったソ連共産党政権は無神論的国家を国体としてきたが、ソ連の後継国ロシアのプーチン大統領が神を新憲法の中で復活させることになるわけだ。新憲法ではまた、同性婚の禁止を導入する予定だ。

年次教書演説をするロシアのプーチン大統領(2020年1月15日、ロシア連邦大統領府公式サイトから)

プーチン大統領は1月15日、年次教書演説の中で同国憲法を改正する意向を表明し、同月23日には国家院(下院)で第1回読会が開始され、出席した432人の議員全員が大統領の憲法改正を支持した。第2読会は3月10日に開催され、順調にいけば、4月末には新憲法を国民投票で採択する計画だ。

プーチン氏は政権を掌握した後、ソ連時代に低迷していたロシア正教を支援し、自身も正教徒であることを表明してきた。今回は、ロシア正教側の要請を受け、新憲法前文に「神」の概念を導入することで新しい国体を内外にアピール、新憲法のもと、大統領職の2回目の「連続2期」が終わる2024年後も新たに12年間の大統領職に就任する考えではないか、といった囁きが既にクレムリン筋から聞かれる(「プーチン氏『習近平主席の道を行く』」2020年1月25日参考)。

ロシアでは国家と宗教は完全に分離されてきた。共産党政権下では「宗教は人民のアヘン」とみなされ、宗教者は弾圧されてきた長い歴史がある。同時に、共産党政権下ではロシア正教が政権と癒着してきたこともあって、ソ連崩壊後もロシア正教は国民の厳しい目にさらされてきた経緯がある。それだけに、新憲法で神を登場させることに反対する国民が出てくることが予想される。

ロシア消息筋によれば、プーチン氏は新憲法で神を導入することを提案することで、国内で“神論争”が沸き上がることを期待、憲法改正への国民の関心をそこに誘導する一方、大統領の任期問題などの自身の政治生命に関わる問題への議論をスルーしたい狙いがあるというのだ。プーチン氏は自身の政治的野望のために神を利用している、といった辛辣な批判も聞かれる。

ソ連の独裁者スターリンはかって「ローマ法王は軍隊を保有していないから、恐れるに値しない」と豪語した。冷戦終焉直後、「ロシア軍兵士の約25%が神を信じている」という意識調査が明らかになった。同調査ではまた、スターリンのように積極的に「神は存在しない」と考える無神論者は「全体の10%以下であった」という結果が分かった。すなわち、スターリンが誇っていたロシア軍内部にキリスト教の福音が侵入し、兵士を着実に改宗させていたことになる。

ちなみに、同調査を行った社会学者は「1917年から1991年までの間の共産政権時代には、反宗教プロパガンダが連日行われていたにもかかわらず、無神論者の数が少ないのは驚くべきことだ」と評している(「スターリンと『神の軍隊』」2006年10月5日参考)。

プーチン氏は出産直後の1952年、ロシア正教の洗礼を受けた。プーチン大統領は政権を掌握した後、ロシア正教を積極的に支援し、国民の愛国心教育にも活用してきた。プーチン氏自身も教会の祝日や記念日には必ず顔を出し、敬虔な正教徒として振る舞ってきた。プーチン氏はロシア正教会復興の立役者といってもいいだろう。

プーチン氏は2012年の正教会のクリスマス・ミサ後、自身の洗礼について記者たちに答えている。曰く「父親の意思に反し、母親は自分が1カ月半の赤ん坊の時、正教会で洗礼を受けさせた。父親は共産党員で宗教を嫌っていた。正教会の聖職者が母親に『ベビーにミハイルという名前を付ければいい』と助言した。なぜならば、洗礼の日が大天使ミハイルの日だったからだ。しかし、母親は『父親が既に自分の名前と同じウラジーミルという名前を付けた』と説明し、その申し出を断わった」という。

また、「キリスト変容教会は1977年以来、キリル総主教の実兄が運営しているが、自分の両親の追悼ミサもここで挙行された」と述べ、洗礼を受けた教会との縁の深さを強調したという(「正教徒『ミハイル・プーチン』の話」2012年1月12日参考)。

モスクワは「第3のローマ」と呼ばれ、「欧州の再福音化はロシアから」といわれたことがある。神を復活させた新生ロシアが、神を失い、世俗化した欧州のキリスト教会を復活させるだろうか。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年3月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。