五輪延期報道ウラ読み:電通元専務の唐突な出現と森喜朗氏の怒り

2020年03月12日 06:01

新型コロナウイルスの感染拡大で開催が危ぶまれている東京オリンピックについて、きのうのウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の「特ダネ」が波紋を広げた。WSJの独占インタビューに応じたのが、五輪組織委の理事で、電通元専務の高橋治之氏。私見との断りを入れながらも「1~2年延期するのが最も現実的な選択肢」との見解を示したのだ。

高橋治之氏(FNNニュースより)

波紋を呼んだのは、現職理事が具体的な延期シナリオを初めて口にしたからでもあるが、実は日本国内のメディア関係者の間での衝撃は一般の人より大きかったようだ。

電通の五輪ビジネスの大物が顔出しの波紋

高橋氏は世間ではほとんど知名度がないが、五輪ビジネス界での「影の実力者」。略歴の詳細はWikipediaに譲るが、サッカーのトヨタカップや日韓W杯などを成功させた伝説の大物プロモーターで、電通のオリンピックビジネスを牽引。同社の重役を歴任した。JOCの竹田恒和前会長(昨年6月退任)とは竹田氏の兄と慶應の同級生だったことから付き合いが古く、竹田氏が2001年にJOC会長になった際も後押ししたとされている。

華々しい経歴や人脈であるが、表舞台に出てくることはめったになかった。政治クラスタにわかりやすくいうと、永田町で言うなら、自民党の二階幹事長、かつての東京都政でいうなら「都議会のドン」内田茂氏のような存在かもしれない。

内田茂氏も表の記者会見などに積極的に出るタイプではなかったが、その“五輪ビジネスのドン”は私人だからメディアが表の記事に出す形で独占取材に応じることはかなり珍しい。試しに日経テレコンで2010年以降、主要メディアの露出実績を確認したら、WSJの報道の前は3年間露出はなく、理事就任を知らせるときなどの短いストレートニュースが大半だった。(極めて異例だったのはプレジデントのグルメ記事に登場したときだ)

五輪招致汚職事件で関与が取りざた

だが、2016年以降、スキャンダルの当事者として少しずつ知られるようになる。JOCの竹田前会長が、IOCの五輪招致の汚職事件で仏当局の捜査対象となり、高橋氏の関与も取りざたされ、国会質問で名前が挙げられたこともあった。それでも、一般紙やテレビが報じることはなく、FACTA週刊現代、エコノミストなど一部の雑誌で報じられるにとどまっていた。

竹田恒和前会長(ANOC Media/flickr)

そんな曰く付きで、なおかつ日頃は表に出ない実力者が、突然世界的経済紙のWSJの取材に応じただけではなく、放映権がらみでIOCが五輪を中止できない裏事情もあけすけに語ったとなれば、国内メディア関係者の衝撃は計り知れない。実際、WSJの記事を要約した時事通信の報道では放映権の話は入っていない。

元朝日新聞記者で、前バズフィード編集長の古田大輔氏が「日本メディアの担当者は急いで発言内容を確認してるだろうけど、同じように語るだろうか」とツイートしたのは、これまで高橋氏をまともに取り上げなかった国内メディアに対する経緯も踏まえ挑発や皮肉も込めているのだろう。

延期広報なら絶妙のキャスティング

ただ、古田氏の見方はジャーナリスト的な視点で「正論」だが、政治の裏側に片足を突っ込んだ経験のある私は、もう一つ違う見方をしている。高橋氏のような人物がわざわざWSJの取材に顔出しで応じるのは、当然、国際世論の形成に何らかの影響を与えようという「意図」があるとみていい。日頃は裏方に徹している人物が個人的判断だけで表に出るというのも不可解だ。日本政府の相応の高官と気脈を通じていると考えるのが自然ではないか。

そして、むしろ波紋が広がるのが分かっているからこそ「個人的見解」にとどめることで逃げ道を用意できる。組織委の森喜朗会長や武藤敏郎事務総長といった人物が発言すると延期が「既定事実」になってしまうからだ。ただし、だからといって影響力の乏しい“陣笠”理事の個人的放言では信憑性も重みもない。

そう考えると、もし高橋氏の顔出しが意図的な広報戦略であれば、最終責任者ではないが、相応に影響力がある人物として、これ以上ない“キャスティング”ではないだろうか。その意図する目的は、日本政府(安倍政権)による東京五輪の撤退戦略のトライアルだ。つまり高橋氏の発言で延期シナリオの観測気球をあげ、国内外の世論の反応をみる。同時に、IOCや世界の競技団体の重鎮たちに対して、日本は五輪はできれば予定通りやりたいが、延期シナリオ自体は真剣にシミュレーションし始めたという「裏サイン」を送っているようにも見えるが、私の思い過ごしだろうか。

「チーズ事件」の前科のある森会長の火消し

WSJの報道直後、追いかけた国内メディアで朝日新聞は高橋氏の個別取材を報道。「予定通り開幕するのがベストだが、別のプランも考えなければいけない」と“持論”を語った。ただ、森会長はすかさず

大事な時期に軽率なことをおっしゃった」と不快感を示し、「高橋さんに電話したら『申し訳ない。口が滑ってしまった』と。計画を変えることは考えていない」と延期の可能性を否定した。

という(朝日記事より)。

この森会長の火消しを額面通りに受け取っていいのだろうか。アラフォー世代以上の政治好きなら思い起こすだろうが、2005年の郵政解散の直前にあった「干からびたチーズ(ミモレット)」事件で森さんの役者ぶりは有名だ。

森氏は首相公邸を訪れ、決死の解散総選挙へ意思を固めていた小泉首相を思いとどまらせようとしたが、小泉氏は説得を聞き入れなかった。会談後、森氏は外で待っていた記者たちに「干からびたチーズ一切れと缶ビールしか出さなかった。俺もさじ投げたな。あれ(小泉)は『変人以上』だ」と、ミモレットを手に立腹気味に語っていたが(参照:Wikipedia「小泉劇場」)、これは小泉首相に怒っているようにふるまってくれと頼まれた通りに森氏が演技したものだった。

森氏については、官邸から、すでに撤退シナリオの中枢から実は外されていて、本当に困惑気味に怒っているという説もあるが、プーチン大統領とも渡り合うような元首相の大ベテラン政治家だ。疑う価値はある。五輪の中止となれば安倍政権が吹っ飛びかけないインパクトがあるだけに、仮に森会長を外していたとしても、政権中枢で策謀を練っていないほうがむしろ「危うい」のではないか。

官邸サイトより

これまでメディアコントロールが巧みだった安倍政権なら、新型コロナウイルスの終息がみえないとなれば、五輪延期(中止)のソフトランディングと政権延命に向けた世論形成へ知恵を絞るだけの習性はある。しかも今回はIOCを含めた国際世論を見据えなければならない。万一を考えるなら布石を打ち始めてもおかしくない時期だ。

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新田 哲史
アゴラ編集長/株式会社ソーシャルラボ代表取締役社長

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