「第三者委員会の欺瞞」-不祥事の呆れた後始末

第三者委員会の委員長等を務める者として、どうしても読まずに(避けて)通れない一冊をGW中に拝読いたしました。まさに「怖いもの見たさ」で一気に読みました。もう10年以上前から、いろいろとお世話になっております八田進二先生の初めての新書版です。すでにAmazonでは高い評価を得ているようで、私がご紹介するまでもありませんが・・・

第三者委員会の欺瞞-報告書が示す不祥事の呆れた後始末(八田進二著 中公新書ラクレ 860円税別)

「山口さん、最近さ、『第三者委員会』って流行ってるじゃない?あれって、けしからんよね!『第三者』って言いながら、全然『第三者』じゃないじゃん!不祥事起こした会社の経営陣にとって都合がいい隠れ蓑でしょ?委員だって高い報酬もらってんじゃないの?」

と八田先生がご立腹されていたのはもう6、7年ほど前だったと記憶しています。その後、八田先生は会計学者のお立場から、いろいろな座談会、ご論稿等で、第三者委員会について批判をされてきました。

大半の第三者委員会は、真相究明どころか、不祥事への関与を疑われた人たちが、その追及をかわし、身の潔白を「証明」するため、禊(みそぎ)のルールとして機能している

と、本著の中で喝破しておられます。本書は、八田先生がおよそ10年にわたって観察されてきた企業不祥事発生時の第三者委員会報告書(および委員会の活動)について、ご自身が委員をされている「第三者委員会報告書格付け委員会」が取り上げた事例を題材として、問題点を指摘し、会計学者という視点から(会計監査人の立場と対比しつつ)今後の在り方を提言する、というものです。

誰もが薄々「ちょっとおかしいのでは?」と思っているところを、八田先生の一刀両断の評価姿勢でズバッと指摘しています。私などは、ふだんから顔を合わせることの多い同業者の方々が(委員として)登場するものですから、ブログでも厳しい意見は避けてきましたが、本書では彼らの委員会報告書も、気持ちよくダメ出しされております。

2013年2月、私は東大で開かれた法曹倫理国際シンポで「第三者委員会」についてスピーチをしましたが、海外の研究者の皆様も、「メイドインジャパン」の第三者委員会制度にたいへん興味を持っておられたのを記憶しています。カナダの研究者の方によれば、カナダにも不祥事発生時の第三者委員会に類似した制度はあるものの、委員には現役の裁判官が就任するそうです。

スピーチ終了後、「日本では、どうして民間の弁護士が委員になって独立性を保証できるのか」と(このカナダの研修者から)質問されました。精神的独立性という回答では全く理解してもらえず、制度として独立性が確保されるシステムでなければ法曹倫理上の問題ではないかとの意見をいただきました。本書を読み、海外の職業倫理に精通された八田先生の「独立性」への思いを感じ、あらためて当時の海外研究者の意見を想い出しました。「利益相反」や「独立性」に対する感度が、日本と欧米とではかなり違うのではないか、とあらためて感じる次第です。

朝日新聞社(慰安婦報道問題)、日大(アメフト重大反則事件)、東京医科大(大学入試差別合格事件)等の社会的に問題となった不祥事から、東芝事件、神戸製鋼事件、東洋ゴム事件等、いわゆる「企業不祥事」として世間を騒がせた不祥事まで、八田先生ご自身の意見をかなり明確に示して論評がなされています。そして、私も思い悩むところでありますが、一番痛いところを共通して指摘しておられます。

つまり、どの第三者委員会報告書も、いわゆる「真因(根本原因)」に迫っていないのです。本当は、真因に迫っていなければ、有効な再発防止策を作ることはできないのですが、①特定の役職員に責任を負わせて、経営トップの不作為には触れない、②調査を委嘱された不正疑惑の範囲に調査が限定されてしまい、枠外の不正疑惑に目をつぶる、③コンプラ意識の欠如、内部統制の無機能化等、あいまいかつ抽象的な言葉で組織風土が表現されてしまい深堀りができていない、といったところでお茶を濁している報告書が多い。ここに最大の問題がある、と指摘しておられます。

ご承知の方もいらっしゃるかもしれませんが、この「第三者委員会制度」というのは大きなジレンマを抱えています。八田先生のおっしゃるように、不祥事が発生した企業で再発防止策を検討するにあたり、根本原因にまでさかのぼって解明しなければ委員会を組成した意味は半減します。しかし、そのような意欲をもった委員は会社から敬遠され、選任されません(会社が報酬を払う以上は仕方がないといえばそれまでですが)。私自身も(社名は控えますが)、監査法人からの推薦で、会計不正事件の第三者委員会委員長に就任予定でしたが、事件に関与していた会長、社長さんの意向で就任直前に拒絶された経験があります。

当時、よく委員長をされている某弁護士の方から「山口さん、そんな意欲満々の姿勢を最初から見せてしまってはダメですよ。まずは会社に協力的な姿勢をとって、だんだんとトップを説得する、という姿勢でなきゃ依頼されるわけないですよ」と言われたことがあります。私自身は、この選任プロセスの透明性の有無、つまり不祥事企業のガバナンスによって、委員会報告書の巧拙の半分以上は決まってしまうのではないかと思います。

たとえば近時の不祥事を例にとれば、関西電力の金品受領問題で表出した関電のガバナンスの在り方です。私は、金品受領問題よりも、内々で「隠れ報酬」を歴代役員に支払っていたことのほうが大問題だと思っています。「橋下氏を社外取締役に迎える」「株主代表訴訟が提起される前に、関電自身が前会長、前社長以下、歴代の経営者を損害賠償請求で訴える」といった態度がなければ、とうてい「本気で変わる」ようには思えないのです。つまり第三者委員会報告書の巧拙は、当該企業のガバナンス、自浄能力の有無に依拠するところが大きいと思います。

八田先生も問題提起しておられますが、最近は社外役員が増えましたので、企業不祥事発生時に、まずは社外役員の皆様に頑張っていただき、必要性に応じて第三者委員会を組成する、ということで上記のようなジレンマを解消する方向が妥当ではないかと考えます。一昨年、私が第三者委員会委員長を務めた会社の不祥事(製品偽装事件)では、発覚時に社外取締役4名の面接を得て、私が就任した経緯があり、これもすべて報告書に記載していました。

また、大阪弁護士会の「第三者委員会委員推薦名簿制度」のように、公的な機関が推薦する者によって委員会が組成されるのであれば、独立性は付与されると思います。しかし、この推薦名簿制度ですが、私の知る限りでは、過去に学校法人の「いじめ調査委員会」で2件ほど活用されただけで、いわゆる民間企業の第三者委員会の委員として推薦依頼はなかったと思います。こちらはかなり厳しいのが現実です。

もちろん、第三者委員会制度も進化したところはあります。やはりデジタルフォレンジックスの活用です。膨大な量の社内メールも、AIの活用によって、不正の兆候を示すメールを速やかに特定できるようになりました。八田先生の本でも比較的高い評価を得ている雪印種苗事件では、第三者委員会が、フォレンジックス調査によって隠れた不正を暴いています。

また最近は、機関投資家が議決権行使基準の中に、不祥事を起こした企業の代表者については、その対応次第では再任に反対するといった項目を入れるケースが増えています。そして現実には第三者委員会報告書を読んで判断する、というのが実務です。自浄能力があると判断すれば再任に賛成するが、どうも能力がないようだと反対票を投じる、ということで、それなりに社会的な影響力も高まっているように思います。

今後も、第三者委員会に対する社会の要請は高いと思いますので、なくなることはないでしょう。しかし、八田先生が指摘されいる数々の課題、問題点を少しずつでも解消して、社会の信頼を得られるように運用する必要があります。題材となる各事件の概要にも触れられており、とても読みやすい一冊です。(第三者委員会制度に関与する者として、やや複雑な思いもありますが?)ご興味がございましたら、ぜひご一読ください。