「#検察庁法改正案に抗議します」にも法案にも、反対する

原 英史

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ハッシュタグ「#検察庁法改正案に抗議します」がtwitter上で広がっている。経緯はよくわからないが、「法律を捻じ曲げるな」「三権分立はどこへいった」といった話になっているようだ。これは、「黒川弘務氏の定年延長」と「定年延長の法改正案」(法案審議中)をごちゃまぜにした、フェイクニュースの類だと思う。

二つの問題は別である。
前提として、そもそも現行制度は以下のとおり。

  • 国家公務員法: 国家公務員一般の定年は60歳。ただし、定年の特例延長の規定(一年延長できる)がある。
  • 検察庁法: 検察官の定年は63歳(検事総長は65歳)。

黒川氏の定年延長は、現行制度のもとで今年1月に決定された。「検察庁法に特例延長の規定はないが、一般法たる国家公務員法を適用できる」というのが政府のロジック。これに対し、「脱法行為でないか」「黒川氏を残したい政権の政治的なごり押しではないか」など、国会でもメディアでも論争になった。私は、これは法解釈の余地を超えており、違法な決定だったと考えている。

一方、法案審議されている定年延長法案は、これとは別問題だ。検察官だけでなく、国家公務員全般も含むもので、以下の内容だ。

  • 国家公務員法改正: 国家公務員一般の定年を65歳に。
  • 検察庁法改正: 検察官の定年を65歳に。特例延長の規定も追加。

これは、黒川氏の人事とは関係ない。十年以上前に私が政府内で公務員制度改革に関わっていた頃から課題になっていた話だ。その後、人生百年時代に向けて民間にも高齢者雇用を求める中、法案が検討され国会提出されていた。当たり前だが、法改正案だから、「法律を捻じ曲げる」と批判すべき話ではない。

特例延長の規定追加に対して、野党から「検察官を官邸に従属させることになる」との批判もある。たしかに、検察は政権の疑惑をも追及すべき立場だから、独立性が極めて重要。政権の顔色をうかがうようなことになってはいけない。問題意識はわからないではないが、これは定年延長の問題ではない。

そもそも、検察庁法上、検事総長や検事長(高等検察庁のトップ)の任命権は内閣、一般の検事の任命権は法務大臣にある。実際には検察内部で作った人事案を政府は追認するのが通例で、建前と実態を使い分けつつ、微妙な均衡のもと独立性を保ってきた。

もし野党が、この危うさを改めるべきと考えるならば、むしろ任命権の規定改正(例えば、内閣は個別人事に口を出せないと明確に定めるなど)を提案すべきだ。

以上から、「#検察庁法改正案に抗議します」の多くは、筋違いな抗議だと思う。他方で、この法案を成立させるべきかといえば、全く賛成しない。

第一に、今国会で成立させるべき緊急性があるとは思えない。第二に、公務員の定年を延長するならば、能力実績主義の徹底が先だ。公務員に関しては長年、年功序列からの脱却が課題だったが、今なお根強く残ったままだ。この状態で定年を延長すれば、能力実績の伴わない人もそのまま65歳まで給与をもらい続けるだけになりかねない。

今、多くの人たちが仕事を失い、さらに失いつつある危機の中で、こんな法案を成立させようとしている政府・与党の人たちの精神構造は私には理解できない。