球磨川氾濫の教訓:なにが川辺川ダムを中止に追い込んだのか

2020年07月08日 06:01

冠水した住宅の救助に向かう陸自ヘリ(陸自西部方面隊ツイッター

九州地方で発生した記録的な大雨に伴う球磨川の氾濫や土砂災害により、お亡くなりになられた方々にお悔やみを申し上げますとともに、被災された全ての方々に心よりお見舞いを申し上げます。

本災害は激甚災害にも指定される予定との報道もあり、非常に大きな被害である。

私は以前、国土交通省で河川防災に関する研究をした経験があり、過去に「緊急放流、八ッ場ダム…今こそ「治水」を語ろう」など治水に関する投稿をさせていただいた。

苦渋の決断だった「川辺川ダム」中止

今回の被災地である球磨川流域の治水計画を語る上で、球磨川の最大支流である川辺川に建設予定であった川辺川ダムの存在を無視することはできない。

 

蒲島知事「『ダムなし治水』できず悔やまれる」との報道があった。

知事は「川辺川ダム計画に反対し、ダムによらない治水をすると言ってきたが、ダムを作っておくべきだったという思いは?」という問いに、

「私が2008年にダムを白紙撤回し民主党政権によって正式に決まった。その後、国、県、流域市町村でダムによらない治水を検討する場を設けてきたが、多額の資金が必要ということもあって12年間でできなかったことが非常に悔やまれる。そういう意味では球磨川の氾濫を実際に見て大変ショックを受けたが、今は復興を最大限の役割として考えていかないといけないなと。改めてダムによらない治水を極限まで検討する必要を確信した次第だ。」

と回答されている。

奇しくも先日の都知事選に立候補された小野たいすけ前熊本県副知事のTwitterで蒲島知事からのメッセージで川辺川ダムについて触れている。

熊本県知事就任後の川辺川ダム建設計画・白紙撤回の際、当日の朝ギリギリまで答弁を一緒に考えたこと、また、財政再建のため月額100万円の給与カットをした際、小野君が自分より給与が安くなった私を見かねて食事を御馳走してくれたことは、二人にとって大切な思い出です。

蒲島知事県政で2人の想い出として、メイントピックとして挙げられるほど、熊本県において川辺川ダムを中止したことが苦渋の決断だったことがうかがい知れる。

県全体で反対ムードが高まっていった中止の経緯

国土交通省 九州地方整備局に川辺川ダム建設事業の経緯が記載されている。(またWikipedia「川辺川ダム」参照)

概略としては1963~1965年(昭和38~40年)において球磨川流域で3年連続の豪雨による大災害が発生し、昭和40年(1965年)に寺本熊本県知事は、瀬戸山建設大臣に対して川辺川に治水ダムを早急につくることを陳情した。

ちなみに昭和40年7月洪水は20~30年に一度発生する確率の洪水であった。

国は1996年に球磨川水系工事実施基本計画策定し、工事・補償について順調に進め、1996年には川辺川ダム本体工事着工に伴う協定書調印を行った。

バブル崩壊後に公共事業見直しが騒がれる中、長野県の田中康夫知事が誕生し、「脱ダム宣言」を表明し、公共事業、特にダム事業に対する反対運動が盛んとなった。

長良川河口堰においては全国な話題となり、第2次橋本内閣の建設大臣であった亀井静香が徳島県の細川内ダム計画を凍結したことから、各地でさらに活動が活発となった。

日本共産党、朝日新聞などの一部マスコミが積極的に関与し拡大していった。

川辺川ダムもその対象となり、「壮大な税金の無駄遣い」として反対運動を全国的に広め、ダム反対派は「川辺川ダムは無用の長物」として建設中止を強固に求めた。

その後、紆余曲折あり、県全体で反対のムードが強まり、2008年3月の熊本県知事選では争点ともなり、当選した蒲島熊本県知事は就任後、「川辺川ダムについて、有識者会議を設置して9月までに判断」と発言し、同年9月に「現行の川辺川ダム計画を白紙撤回し、ダムによらない治水対策を追求するべき」と表明した。

ちなみに熊本県民新聞WEBという地元情報メディア(地元紙の熊本日日新聞とは別)に知事選の当時の様子が記されている。

『川辺川ダム建設反対は蒲島を除く4人。蒲島も「1年後に検討して結論を出す」としていたのが最近では「半年後」と変った。反対派の票がほしくなったのか。筆者の僻みかもしれないが、各メディアを通じ知る限りどの候補も”当選したい”一念からか、個人マニフェスト、討論会を見聞しても独自色が薄いという事である。』

このように、県全体として建設反対のムードが高まっていたことがわかる。そして、2009年1月から「ダムによらない治水を検討する場」を開始し、2009年9月に民主党政権が誕生し、前原国土交通大臣が川辺川ダム中止を表明した。今もなお、「ダムによらない治水を検討する場」でダムなしの総合治水を検討している。

前原国交相の中止発表を伝える当時の熊本日日新聞

「ダムによらない治水」はなぜ困難だったのか

では「ダムによらない治水を検討する場」では、川辺川ダムに変わる主にハード面における水害対策(引堤、河道掘削等、堤防嵩上げ、遊水地、ダム再開発、放水路、宅地のかさ上げ等、輪中堤)が示されている。

引堤は川幅を広げ、水の流下能力を向上させる方法だが、堤防を現行の場所よりも住宅地側に堤防を設置するために、川沿いの方々は移転を求められる可能性が高い方法である。

河道掘削は川底の土砂を掘り、流下能力を高める方法であるが、掘っても掘っても土砂が補給されるためにランニングコストが非常にかかる方法である。

堤防嵩上げは堤防の高さを上げることで流下能力を上げる方法だが、土を高く盛るためにはそれだけ幅が必要になるため、堤防沿いの住宅地においては移転が求められる可能性がある。

遊水地、ダム再開発、放水路、輪中堤は水を逃がす方法であるが、そのために水没させる土地が必要である。

宅地のかさ上げは住宅地が水没することを前提として、家を底上げする方法である。

どの方法も時間と金がとてつもなくかかる方法であり、ダム建設予定地よりも下流側での用地買収が必要となってくる。

ダムにより水の中に町が沈むことも避けたいところではあるが、現状からいって、「ダムによらない治水」を実施していくことは困難である。

科学に基づかない情報が広がった結果…

晴川雨読というサイトの記事「川辺ダムがあったら球磨川は氾濫しなかったか?」で、川辺川ダムがあった場合についての概算がなされているが、相当の治水効果が見込めそうである。

また、今回の災害を受け、早々に治水安全度を向上させるためにどうすべきであるか、当事者たちがよく理解されていると思う。

議員や環境活動家などが問題視し、マスコミが問題をあおったこの結果がこれである。

地元住民は命・資産を守ってほしいにもかかわらず、河川環境を守って欲しいと地元に住んでいない活動家が声を上げている構造がほとんどであった。どうやら最近、その活動家は放射能や気候変動に対して偏向な活動をされているとは聞いている。

放射能、豊洲の地下水、新型コロナなど、これまでマスコミが不安をあおる報道を続けてきたが直接・関節的に人命を奪うことにもなる。

SNSが発達した昨今、科学技術に基づいた正しい情報が周知され、感性ではなく理性で事業が進められることを切に祈る。

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加藤 拓磨
中野区議会議員、元国交省研究官(工学博士)

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