「三密の回避」を深化せよ ~日本モデルvs.西浦モデル2.0 正念場②

2020年07月16日 06:01

感染拡大警報を宣言する小池都知事(東京都YouTube

東京の新規陽性者拡大の傾向は、先行きが見えない状態が続いている。1日当たりの新規陽性者数は、4月上旬の水準に近いが、無症状者の積極検査によって判明している陽性者も相当数含まれていることから、評価が難しい。

実際、顕著な新規陽性者が増加が始まってから1カ月以上たっているが、死者・重症患者は増加する傾向が見られない。この傾向は全国を見ても同じで、7月になってからの死者数は8名程度で、ここ数日も死者数0が続いている。この現象をどう理解するかは、非常に大きな課題であろう。

世界的に陽性者は増加も、死者数は減少

実は致死率の低下は、全世界的な傾向である。Worldometersで毎日の陽性者数と死者数の推移をグラフで比べるだけで、一目瞭然だ。前者は右肩上がりで伸び続けているが、後者は伸び止まっている。つまり1日当たりの新規陽性者が増え続けているのに、1日あたりの死者数は、増えていないのだ。これはなぜだろうか。

何らかの抗体ができているのではないか、ウイルスの性質が変わったのではないか、といった大胆な仮説を示唆する方もいるようだが、裏付けになるものがなく、私は何も言えない。

各国で高齢者や慢性疾患者の死亡率が高いことがよく知られているため、政策的または自然な弱者の防衛策がとられるようになったのではないか、と推察することもできるはずだ。

アメリカは、6月中旬から新規陽性者数が再増加し続けているのに、新規死亡者が同じようには増加していない典型的な国である(微増は見られるが)。Black Lives Matter運動の盛り上がりで多くの人々が密接な対人接触を持ってしまったときでも、死亡率が高いと思われる階層の人々は、さすがに自重していたのではないか。

新規感染者数を抑制 〜 ヨーロッパの政策的努力

「日常」を取り戻したロンドンの公園(7月5日撮影、Scottow/flickr)

なお、今やヨーロッパ(の主要国)は、新規陽性者数も増やすことがなく、ロックダウン解除を果たしている優等生だ。ロックダウン解除してもナイトクラブだけは閉鎖し続けたり、公共機関や屋内会合ではマスク着用を義務付けたりするなどの積極的な社会政策がとられている。

日本がヨーロッパを見習うなら、今だ。数カ月前、「ヨーロッパの厳格なロックダウンを日本も模倣せよ」と叫んでいた人たちが、今になって地道にヨーロッパ各国の取り組みを学ぼうとする関心を失っているのは、私には理解できない。

以前に世界各地域の致死率などを見た文章を書いたことがある。その6月15日時点の数字と、4週間後の7月11日の数字を比べてみよう。

(6月15日)

地域 準地域 感染者数(/mil) 死者数(/mil) 致死率(%)
アフリカ   184.89 4.93 2.66
北アフリカ 297.43 12.5 4.2
東アフリカ 57.36 0.95 1.65
中部アフリカ 134.31 3.04 2.26
南部アフリカ 1,047.09 22.02 2.1
西アフリカ 134.31 2.64 1.96
米州   3,837.07 201.55 5.25
北米 6,150.57 341.97 5.56
カリビアン 783.18 21.09 2.69
中米 1,076.38 102.58 9.53
南米 3,294.55 139.56 4.24
アジア   355.73 8.82 2.48
中央アジア 401.99 2.59 0.65
東アジア 69.32 3.54 5.11
東南アジア 178.19 5.25 2.95
南アジア 410.99 11.86 2.89
西アジア 1,993.77 28.03 1.41
ヨーロッパ   2,824.89 233.14 8.25
東欧 2,410.86 42.63 1.77
北欧 2,845.24 345.06 12.13
南欧 3,913.74 421.49 10.77
西欧 2,583.41 289.33 11.2
オセアニア   218.83 3.03 1.39

(7月11日)

地域 準地域 感染者数(/mil) 死者数(/mil) 致死率(%)
アフリカ   449.29 9.98 2.22
北アフリカ 528.92 23.84 4.51
東アフリカ 105.79 1.66 1.57
中部アフリカ 227.06 4.80 2.12
南部アフリカ 4,137.98 60.83 1.47
西アフリカ 258.19 4.39 1.70
米州   6,764.70 285.78 4.22
北米 9,550.96 397.51 4.16
カリビアン 1,380.66 30.01 2.17
中米 2,357.63 213.31 9.05
南米 6,723.29 244.40 3.64
アジア   647.46 15.31 2.36
中央アジア 1,332.47 9.36 0.70
東アジア 73.13 3.41 4.66
東南アジア 289.22 8.19 2.83
南アジア 847.86 23.26 2.74
西アジア 3,209.06 47.29 1.47
ヨーロッパ   3,284.84 250.44 7.62
東欧 3,310.19 63.70 1.92
北欧 2,964.91 371.34 12.52
南欧 4,212.91 438.02 10.40
西欧 2,761.78 294.99 10.68
オセアニア   284.83 3.18 1.12

この4週間で、ヨーロッパの陽性者は1.16倍、死者数は1.07倍になったが、世界全体では陽性者は1・62倍、死者数は1.31倍だ。これに対して致死率(死者数÷陽性者数)は、世界平均では0.8倍にまで下がったが、ヨーロッパでは0.92倍にとどまった。

つまりヨーロッパは依然として致死率が非常に高く、世界平均よりも低下率も鈍いが、新規感染者数を世界平均よりも大きく抑制することによって、死者数の抑制にも成功しているのである。政策的努力が大きいと言えるだろう。見習うべき点が多々あるはずだ。

なお従来から日本では、死者数の抑え込みを重視してきている。そのために医療崩壊を起こさないことを至上命題にもしてきた。たとえば6月15日から7月11日の間に、日本の陽性者総数は1.21倍になったが、死者数は1.05倍でしか増加しなかった。1カ月の死者数は54人だった。致死率は、5.35%から4.65%に下がった。

日本も死者数の抑制は維持している。最近の新規陽性者数の増加が、積極検査の結果としての無発症若者層がかなりの比率を占めていたことが関係していると考えるのは、的外れではないのである。

日本モデルは「正しかった」 〜  WHOの対策変更

さて、私は、7月上旬に「日本モデルvs西浦モデル2.0」という文章を書いた。

従来の「西浦モデル」では基本再生産数が世界共通値と想定する2.5で、死者数も一定の割合で増えることになっていたため「42万人死亡」という数字も出てきた。「西浦モデル2.0」と私が呼んでいる5月に東京都広報ビデオで示されたモデルでは、3月下旬から見られた程度の新規感染者数の増加が7月にも繰り返されることになっていた。

西浦氏(FCCJ公式YouTubeより)

いずれにせよ、「西浦モデル」の要点は、緊急事態宣言=ロックダウンがないので、増加は止まることがなく伸び続けることだ。

しかし従来の「日本モデル」は、ロックダウンなどをせず、日常生活における「三密の回避」などの予防行動で、新規陽性者の抑制を図るものだ。撲滅は目指さないが、クラスターの発生は防いでいこうとする穏健なアプローチである。陽性者の数のみならず、死者数も世界共通のスピードで増え続けていくことはない、という考え方が、「日本モデル」の背景にある。感染症数理モデルだけに還元されない考え方だ。

これについて非常に重要なニュースがあった。7月7日にWHOが新型コロナの「エアロゾル感染」の可能性について、公に認めたのである。

「エアロゾル」感染の証拠認識、WHOが見解(日本経済新聞)

エアロゾル感染とは、通常よりも小さい飛沫が、エアロゾルと呼ばれる微粒子になって、長い間空気中を浮遊し、遠くまで移動する間に、感染を引き起こす現象のことである。WHOの感染予防の技術責任者は、エアロゾルを介した感染の可能性を示唆したうえで、「換気の悪い場所などでの感染の可能性は否定できない」と話したという。

WHOは以前には新型コロナの主な感染経路は飛沫と接触だとして、対人距離の確保などの徹底を求めてきた。エアロゾルからの感染を認めることは、WHOが推奨する対策の変更も意味する。

官邸サイトより

だが実は日本の「三密の回避」は、エアロゾル感染こそがクラスターを作り出す元凶だという洞察から生み出された予防策であった。エアロゾル感染は、換気の悪い室内環境で発生する。

そこで欧米流の「ソーシャルディスタンス」一辺倒ではなく、「密閉」という換気の悪い閉鎖空間を避ける行動を、「密集」「密接」とともに避けるように呼び掛けるために、「三密の回避」が強調されてきた。日本の「三密の回避」の呼びかけは、世界に誇るべき「日本モデル」の象徴である。

クラスター予防を重視して「三密の回避」を強調する「日本モデル」は、全ての感染者が一律に不変的なスピードで感染を拡大させていくことを想定せず、2割とされる小さい割合の感染者が、しかし大規模な感染拡大を引き起こすクラスターを作ってしまうことを想定する。そして後者の防止を重視する。

「日本モデル」vs.「西浦モデル2.0」の局面

ところが日本でも欧米偏重主義の方々が、「三密の回避など甘い」といった言説を流布し、「人と人との接触の8割削減」や、「2メートルのソーシャルディスタンス」などを中心にした対策をとることを唱えてきている。困った風潮である。

先日、私自身が出席したある会合では、各人の距離を2メートルとった、ということに満足してしまって、密閉された空間である会議室であるにもかかわらず、発言者がマスクをとって熱心に語り続けるようなものであった。

失礼ながら、私はそういう時には、途中で容赦なく中座することにしている。そういう低意識の人たちの会合には最後までお付き合いできない。しかしこの程度の意識しかない人々が開催している会合は、今の日本で無数に行われてしまっているのだろう。

「三密の回避」は、「8割削減」や「ソーシャルディスタンス」によって、意味を誤解され始めてしまっている。とにかく2メートル離れることと、「三密の回避」は、同じではない。

7月に入っても満員電車クラスターの報告なし(squeuei/flickr)

なぜ日本の満員電車でクラスターの報告がないかといえば、「密集」について改善できないとしても、マスク・無言・咳エチケットで「密接」を回避しつつ、窓を常に開けて換気を確保して「密閉」を避けているからだ。

その全く逆なのが、おそらく「三密の回避」を意識しない人たちが行っている無数の換気の悪い部屋での会合である。話題になっている「劇場クラスター」もエアロゾル感染の要素が相当にあったのではないか。だから聴衆全員が濃厚接触者の扱いになったのだろう。

日本の「三密の回避」の素晴らしさが、欧米偏重主義者のソーシャルディスタンス一辺倒で減退させられてしまっている。そんなことでは「三密の回避」を象徴とする行動変容で、社会生活を維持しながら感染拡大予防する「日本モデル」の戦略が危うくなる。

「日本モデル」が機能しなくなれば、緊急事態宣言=「8割削減」に帰結するしかない。「西浦モデル2.0」の勝利ということだ。

しかし今からでも遅くない。日本人こそ「三密の回避」が訴えていることを今一度あらためて深く捉え直していく態度を持っていくべきではないか。

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篠田 英朗
東京外国語大学総合国際学研究院教授

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